■姫と下僕の物語04
<お輿入れ篇>


■ 三人称 時代物パラレル話 ※貴人はクー・ヒズリで妄想願います
<お輿入れ篇>



左大臣家の別邸にて、行儀見習いの期間を終えた京子は、
父に伴われ、村上の従者を引き連れて、
良人となる貴人の邸へ招き入れられることとなった。

従者の末席に、ひっそりと蓮の姿がある。
京子は、車に乗り込む時に、目の端でその姿をとらえ、胸を熱くした。

外から垣間見た分には、彼はなにも変わらない。
あの惨劇の夜から、どのような思いで、回復までの時をすごしたか、
…窺い知ることは出来ないけれど。

こうして、生きて、動いている気配を尋ねることができるだけで。
それだけで…。


蓮は、煩悶していた。
遂にこの日を迎えることになってしまった。
今夜、京子は貴人のもとに召される。

これから三日間の夜の後、華燭の典が執り行われる。

自分は、耐えられるのだろうか…と、足元の砂利を見つめて思う。

ぐらぐらと、世界が揺れるような心もとなさ。

出立の時。


***


御所もかくや、と思わされる大門を車が抜け、車宿りに停止すると、
玉砂利に佇んでいた貴人がゆっくりとふりむいた。

「 殿はきかん気であらしゃる、こんなところまでおでましになられて 」

貴人の隣に、家令であるのだろう、上品な老人が渋面を作って同じように佇み、
ぶつぶつと呟く。
貴人は、口元を扇で覆って、小さく微笑むと、前簾が開けられる女車の前に
すべるような足取りで近づいた。
父親の手に掴まって、少女が車から降りてくる。


「…………よくいらっしゃいましたね」


京子の夫となる人は、扇をたたんで、容貌をあらわにし、
機嫌良く少女に手を差し延べた。

膝を折って控えた、村上の一党も、蓮自身も、その男の存在感に圧倒された。
藍の狩衣姿に立て烏帽子が、色素の薄い、女のような白くすべらかな肌によく映える。
それでいて、凛と立った姿の美しさには女性的なところは一切ない。
齢こそ重ねているものの、それがかえって、
貫禄と落ち着いた物腰を生み出していた。

蓮は自分とは、ありとあらゆる面で
比較にならない存在を目の当たりにして、青くなった。

これが、京子の夫。

まごうことなく、この地を支配する特別な階級の貴人。
血の色さえも常の人のうちではないかのような…。

それが、京子の夫。

そしてまた、村上の家は、こうした男に娘を差し出せる一族なのだ。
京子は、こうした男に娶られるほどの娘なのだ。

女車から、京子が男に手をひかれ、静かに玉砂利の上に足をつける。
薄い化粧を施し、姫姿に改まった少女は、支配階級の男の横に
しっくりと似合っていた。

あの娘を、俺が。

なぜ、そんなことが。

つと、禁をおかす事に怯えるように小さく、京子が背後に視線を巡らせた。
自分を見分けた瞬間に、瞳が潤びる。
それで、蓮は少女が自分の身をどれだけ深く案じていたのかを知った。
思わず胸が熱くなる。

その一瞬は、永遠のようにも感じられた。

ふと、いぶかしげな視線を感じる。

目をあげると、京子の夫が自分を見ていた。
暫時、真っ向から、視線がぶつかり合う。

男は、手にした扇を優雅にひろげると、そっと秀麗な貌の前に翳して、
流し目だけで蓮を見下した。
路傍の石を眺めるような感情のない目だった。
ついと京子の背に手を回し、いとしげにともない、
蓮には興味を失ったように邸の中に消えて行く。

蓮は、屈辱に拳を硬く握りしめ、血の気の引いた唇を噛んで、その背を見送った。



***



夜を迎え、蓮は、貴人の邸を抜け出し、あてどもなく駆け出した。
胸奥で燃え盛る嫉妬の焔が全身を焼きつくすようで、苦しくてたまらない。
京子がいま、あの高貴な男の腕に抱かれていると思うと、
胸を掻きむしり心臓をえぐり出したくなる。
蓮は、駆け通しに駆け、山に入り、都を望む小高い丘で崩れ落ちるように膝を折った。
地面に額を擦り付けながら、咽び泣く。
喉から抑え切る事の出来ない咆哮をほとばしらせて、
何度も地面に拳をたたき付けた。
皮膚が裂け、拳が割れて…血と泥で汚れても。


(………追えば、辛いぞ………)


隻眼の師匠の声が聞こえた。
まさしく、その通りだった。

でも、それでも、追わずにはいられなかった。

なんでこんなことになった、なにがいけなかった。どうして。どこから。

主人に恋をした……自分のせいか。
身分を弁えず、京子を愛してしまったこと。
弁えてさえいれば、今こんな、死ぬほどの苦しい目をみずにすんだのか。

幸福を、一度手にした分、絶望は深くて暗かった。
つらすぎて、京子さえ憎んでしまいそうだった。


蓮は号泣した。


――――――――――――――――それでも、出会えば、どうせ愛してしまった。



京子は、ひんやりと肌触りの良い褥に俯せて、茫洋と視線をさ迷わせた。
夫となった人は、孫庇まで出て、柱に凭れ、月を愛でている。

蓮以外の男。
蓮と初寝の夢を見た時とあまりにも違う全て。

夫となった人はあくまでもやさしかった。………だけど、蓮じゃない。
あの人は私故に男であることすら捨てたのに、私はこんなところで。


「…………あの青年は、蓮と言うのですね……」


ふいに、夫となった人がきれいな声で笑った。
僅かに、京子の肩が震えた。


「……村上も、私も、残酷な事をしてしまったようです」


鈴をふるような、やさしい声音なのに、
喉元に刃を突き付けられるような酷薄さがあった。
気配を感じて目をあげると、男はじっと京子を見ていた。


「……以後、閨で他の男の名を呼ばないように…………さもないと」

「……私は嫉妬の鬼となって、『蓮』になにをするか
わからないかもしれませんよ…?」


それは正しく京子の弱点をついていた。

京子は申し訳ありません、と小さく囁いた。
もう、呼びません、見ません、二度と、会いません、だから……だから。


蓮を……あの人を、どうか。


もう二度と、傷つけないで下さい…。


 
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