■千夜一夜物語CM02-ピンキーさん元ネタ使用


■ キョーコ視点

(誑し込め…といわれましても……)


休憩中。
なんとなく呆然と椅子に座っていると、敦賀さんがやってきた。
その絢爛豪華な美しさに、あらためてみとれてしまう。
………正直、彼はとても正視できないくらいにまぶしかった。

「…だいじょうぶかい?」

「……はい…、まぁ……」

うそだ、全然大丈夫じゃない。
口から魂がぬけていきそうです…。
敦賀さんは、なにもかも見透かしたような目で私を見ると、
近くの椅子を引いてきて、前に座った。
王様がパイプ椅子に座ってるのはなんだかおかしい。

「………最上さん、君、『千夜一夜物語』の映画か、原典を見たり読んだりしたことは…?」

聞かれて、ぎくりとする。

「は……いえ…。小さい頃、それらしい童話を読んだことくらいしか…」

言い訳が口の中に消えそうになった。
敦賀さんは、なにか考え深げに そう、と相槌を打った。

「すみません……不勉強で」

はずかしさに体全体がしぼみそうな思いで言う。
敦賀さんはつと手をあげて私を制した。

「いや、むしろ今回は知らない方がいいかなって思って。 監督(?)の設定ってかなり異色だから」

「………」

フォローかと思って、ぢとっと上目遣いに敦賀さんを見つめる。
彼はしばらくやれやれ、という感じの横目で私を見ていたけれど、
ふと視線を外して息をつくと、静かにつぶやいた。

「……………… ようか…?」

「…え……?」

思わず聞き返す。

「………君と、俺の、二人だけの千夜一夜物語………、作ってみようか…?」

小首をかしげて覗きこまれる。
長い睫の、綺麗な顔の、敦賀さんの。

思わず息ごと飲み込んでしまった。

どどどど、ななななな、このひとは、いきなりななな。

焦りまくる私に斟酌無く、敦賀さんはぶつぶつとつぶやき…なにやら自分ひとりでしきりとうなづいている。
………あ、そうですよね…お芝居のことですよね。
一瞬本気で焦った自分が恥ずかしかった。

やがて

「……シェヘラザードは……」

敦賀さんが言った。

「その夜までの、王のことは、どんなふうに思っていたんだろうね…?」

声に誘われて、彼を見る。

「初めの王妃に裏切られて、以来女性を復讐の道具としか考えられなくて、
目に付いた女性をかたはしから花嫁にして殺してしまうような男性を」

思わず、首をかしげて考える。
自分の父親が、仕える王。
自分の住む国の、それが王様。

目の前の人を見る。
敦賀さんのうしろに、厳しく、残酷で、いにしえの王者の傲慢そのものの美貌を見る。
おそらくは敵を屠る事にもためらいのない血みどろの。
少ない知識と印象で、アラビアンナイトの世界を夢想する。

王が…女性をそんなにも許せなかったのは。


最初の妻を…―――――――――――――それほど愛していたから…?


「………強くて…残酷で、尊敬する父が仕える王としては申し分のない人ながら、
女性である自分にとっては恐怖の対象で、一面腹立たしい存在で…
でも、どこか気の毒にも…感じていたかもしれません…」


(愛に狂う王…――――――――――)


敦賀さんは、ただ私を見ていた。
是とも、非とも言わずに。


「…俺としては彼の、内面の飢餓感を表現しようと思う」


やがて彼はぽつりと言った。
どこか楽しそうに、笑みを浮かべる。
彼は、強い目で私の目をとらえ、引き込むような声音で言った。


「………容赦は、しないから。 」


ぎゅ、と心臓が縮み上がりそうな緊張の奥から、ちいさく跳ねた鼓動が臆していたわたしに熱をともした。


(………ああ……… )


私は、この人に恋をする演技なんかして、引きずられるのが怖い…と思っていた、けれど。
恋するのは、私ではなく、恋する相手は、この人ではないんだ。

そもそも………恋するのがわたしであっては、だめなんだ。

それではまた、この人のいいように動かされて、ことごとくこの人のツボにはまる演技しかできなくて…。
いつかのような口惜しい思いを味わうことしかできないことになってしまう。
…考えると、目が据わってくるような気がした。

恋をするのは最上キョーコではなくシェヘラザード。
恋をされるのは敦賀さんではなくシャーリアール王。
…なんでそんなことに、気付かなかったんだろう。

ふつふつと、闘志みたいなものが漲ってくる。


「……でも、やっぱり一体どんなCMになるのかは想像もつかないな…」


敦賀さんはふいにくすくすと笑った。その余裕が口惜しい。
わたしなんか、この人にとってなんらの脅威でもあり得ないんだ。
………それはなんて、恥ずかしい事だろう。
共演する役者さんに、気を使わせて、助け舟を出されるだけの存在だなんて。

その声が、届いたように、敦賀さんの表情がすっと変わった。
どこか満足そうに細めた目。


「…………次…、シーンがはじまったら、俺を見て。 眼を逸らさずに…」


真剣な顔。

受けて立とう、と思った。


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