■千夜一夜物語CM01-ピンキーさん元ネタ使用


■ キョーコ視点

「よぅ、久しぶりだなぁ 京子!!」

新しいCMの件で敦賀さんと社さんと一緒にカインドーさんの本社に呼ばれ、
応接室で待っていると黒崎監督があの懐かしい傍若無人な様子で入ってきた。

敦賀さんが悠然と立ちあがって挨拶するのに慌ててならい、直立不動の姿勢をとる。

「おう、一緒に仕事さしてもらうのは初めてだよな、『ダークムーン』観てるぜぇ」

敦賀さんと監督はしっかりと握手を交わした。


■ 中略


「今回おまえらに表現してもらいたいのは、かなり脚色してあるが、骨子としては
『千夜一夜物語』のシャーリアール王とシェヘラザードだ」

「新しい発泡酒 <千夜一夜物語> のコンセプトは『千の夜と、たった一度の夜をあなたと』
物語のイメージは、王が迎えた2999人目の花嫁との初夜を垣間見たシェヘラザードからはじまる」

初めの王妃の不貞に裏切られた美しいペルシャの王は、処女を妻にむかえ、初夜を過ごした翌朝に殺してしまう。
ふと迷い込んだ庭園で、2999人目の花嫁と王のむつみあいを見てしまった大臣の娘、シェヘラザードは、
王が覗いている自分に気づきながら花嫁を抱き、官能の果てに首を締める姿に釘付けになる。
彼女は翌日王宮からの使いで自分が3000人目の花嫁に選ばれたことを知り、
嘆き反対する大臣である父親に背いて、美しい王の心と体を自分のものにするための方法を画策する…。
反対に、ちょっとした興味は惹かれたものの他の花嫁と同じように初夜の翌朝には殺すつもりで
シェヘラザードを指名した王も、美しく、聡明で、妖艶でありながら処女のつつましさをそなえ、
なかなか身を許さない彼女にいつしか恋心を抱く。
そして千夜一夜ののちに…。

(なにっ…このエロくさい設定は……っっ!!!)

思わず台本をふたつに引き裂きそうになる。
この、王様を敦賀さんが演って、この、王妃を私が…???
思わずとなりの敦賀さんのほうを見ると、彼はまったくなんの動揺も無い、涼しい顔をしていた。
…それは、敦賀さんに関しては全く問題ないというか、むしろ夜の帝王なんかそのままこの王様的な感じだけど…

そっ…それと…演りあうの!?私が…っ??

「勿論、CMなんで濡れ場やらそれとはっきりわかるような殺害シーンは一切無しで、
この官能的な雰囲気だけを表現してもらうことになる」

黒崎監督は自信満々に周囲を見渡した。

むっ…

(無理無理無理無理、絶対、無理―――――――――――――!!!!)

「なにか質問はあるか」

(……………………)

「…最上さん…?」

敦賀さんが、青ざめて固まってる私を覗き込んだ。 思わずすがるように見つめ返す。

「…うっ……美しく、聡明で、妖艶でありながら慎ましい…なんて…わたしには…無理です…(特に妖艶のあたりが)」

特にあなたとの共演が。
夜の帝王との共演が。

「………………はい、そうやって無理なんて決め付けない。
難しい役だけど、面白そうじゃないか。最上さん、妖艶な女性なんてはじめての挑戦だろう?」

「…はい…」

美しく聡明で慎ましい女性もはじめての挑戦ですが…。
なにせ幼馴染という存在にあたる馬鹿からは地味で色気のない女と太鼓判をおされていますから…と思い。

(そうか…つまりこの役をやり切ったら、あの馬鹿に一泡ふかせられるかも!!)

…という、前向きな気づきが唐突にやってきた。
それってば、あの馬鹿へのキョーコのハリケーンパンチ第一弾? クリーンヒット間違いなし?
うっひゃっほー。ヘッヘーイ。
『うう、キョーコさま、あなたの色気がたまりません』…と言って奴がひれ伏す幻影を遠くに見ていると…

「……大丈夫だよ…――――」

敦賀さんの声が急に低くなった。
ちょっと周りの温度が下がったような気配に、思わずぎくりと心臓が跳ねる。

(な…なんで……?)

「俺がしっかり、ちゃんとリードするから…」

敦賀さんは、似非紳士スマイルを思いっきり発動させて輝いた。
う………うわぁ…。

(だからそれが一番困るんですがぁあーーーーーーー!!!)


■ 中略


「わあ〜キョーコちゃん綺麗だねえ!!ほんとにアラビアンナイトのお姫様だあ…!」

用意された衣裳に着替え、メイクをしてもらった私を見て社さんがはしゃいだ声をあげた。

「どうも……」

…いいんです。この手の衣裳って、出るところがでてないと貧相なんです。
敦賀さんのもうひとりの花嫁役の女優さんなんか、豊満な肉体が眩しいほどで、
お衣裳つけて外に出てきた瞬間スタッフの男性陣から拍手が出たくらいなんですから。

(ああ…っいっそ代わってほしい…っ)

いたたまれないっ…
微妙に露出の多いアラビア風の衣裳は、ちょっと落ち着かなくて、
あちこち引っ張ったり、めくったりしていると、社さんが私の後方を見て手をあげた。

「あ、蓮の準備もできたみたいだ、おーい蓮、こっちこっち!」

振り向くと―――――――――――――――――。

そこには、まるで本当に伝説の中から抜け出してきた王様みたいな敦賀さんが立っていた。
紺をベースに金糸銀糸をふんだんに織り込んだ丈の長いベストを羽織って、
下はゆったりとした麻の上下、腰にはたっぷりと房のついた幅広のサッシュをしめている。
イスラムが舞台といっても、ファンタジーの世界設定のため、ひげはおろかターバンも巻かず、
黒い長髪の鬘を背に流していて、その姿はまさに世の乙女(=メルヘン嗜好)が想像する
理想の王(子)様そのものだった。
やや開いた胸元には、ジャンクの宝石類をじゃらじゃらと下げて…。

「………ここのところ舞台もご無沙汰で、現代劇ばっかりだったので、
久しぶりにこんな恰好をするとやや照れますね…」

苦笑している姿も…。

「いやー似合う似合う、イケメンでわしづかみって感じ、ね、キョーコちゃん」

「…………」

「………キョーコちゃん…?」

はっ。

「……あっ、すみませんっ、あの、ちょっとぼーっとしてしまいましたっ」

慌てて目を逸らせて…でもまるで吸いよせられるようにふうっと敦賀さんを見ずにはいられない。
だってその姿はまさに妖精の国の王様で…

「…だってだって、キョーコちゃん!」

…はっ。

「…な、なんですか…?」

いけない、敦賀さんのこの姿には麻薬のような常習性が……

「もう、聞いてなかったの?蓮もやっぱりキョーコちゃんの事
アラビアンナイトのお姫様そのものだって褒めてたのに!」

はあ…まあ…知り合いの人はそう言ってくださるものだって事は学習してますから…。
本当に、こういうときの社さんって乙女みたいだな…と思ったらちょっと笑ってしまった。

そこで、監督から集合がかかった。

「…じゃあ、行こう」

敦賀さんのエスコートで歩き出す。
ふと目が合い、見つめ合う。敦賀さんの目に、夜の帝王が浮かんだ。
ふっとそのまま、笑顔にスライドする。

「…よく、似合ってるよ…」

そんな王様に甘く囁かれて、照れずにはいられなかった。

「がんばろう」

敦賀さんの言葉に、私は素直にうなづいた。


■ 中略


「カッーーートぉ!!」

監督の大きな声がスタジオにひびく。
敦賀さんと、2999人目の花嫁役の人が演技をとめて、こちらを見た。

「なにやってんだ、京子、そうじゃないだろ!」

ずかずかと近づいてきて、大きな身振り手振りで説明をはじめる。

「いっかー、おまえは大臣の娘で、王の結婚式に招待され父と共にその夜宮殿にとどまる事を許された」

「月の光に誘われて広い庭園に迷い込んだおまえは、そこで真近で王の姿をはじめて見る」

「王はおまえが覗いているのを知りながら、みせつけるように花嫁を抱いて、
挙句に何の斟酌もなく抱いてた女を殺しちまう」

「その美しさと妖しさと官能に、おまえはひとめで王に恋に堕ちるんだよ!!
濡れ場を目撃した女子高生みたいな反応をするな!!!」

そ…そんな…。

敦賀さんが王様の衣装をつけて思わずひれ伏したいくらいの美丈夫っぷりを発揮していて、
そんな敦賀さんがこれぞまさに妖艶の決定版みたいな花嫁役の人に、
夜の帝王のまんまで迫っているのを横目で見ているだけでも心臓に悪いのに、
それを直視して、恋におちろ…だなんて…。ひどすぎる…。

「おまえなら出来る」

監督が強い声で言った。

「ダークムーンの未緒を演ったおまえなら出来る、俺のこのCMのイメージはな、
おまえの未緒と敦賀氏から生まれたんだ」

生まれながらの高貴な娘、プライドが高く、教養もあって、さりながら清らかな乙女として
慎ましやかに暮らしていた彼女が、一夜にして変貌する。
恋ゆえに。

「シェヘラザードの妖艶は、肉体的な妖艶じゃない、王に恋した処女から発散されるソレだ。
そこいらの巨乳タレントで表現できるようなわかりやすいもんなんか俺は求めちゃいない、
わかるか、京子」

「このCMの背後にあるものは、毒だ。仕立ては物語ふうにファンタジックにするが、
その実根底に流れるものは、もっと、人の萌えに直接訴えかけるような淫靡な毒だ」

「その夜おまえは王に奪われるんだ。そして、面白半分に自分に手を出してきたあの男を…――――――――――」

敦賀さんを親指で指して、監督は不敵に笑った



「誑し込め。」


 
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