無限抱擁02■社氏
視点

 

「……――――きっと何かの間違いだよな……」

希望的観測をつぶやく主任の不安は、そのまま俺のものだった。
勿論、間違いなんてそんなことは二人とも、実際カケラも信じてはいない。

LMEの会議室にこもり、椹主任と今朝の慌しさを振り返る。
焦る事務方から連絡をもらったのは始業時間の午前9時。
そこから速攻で蓮に連絡をとって、キョーコちゃんが蓮のマンションにいることが判明した時は、
個人的にはひそかに快哉を叫ぶ気持ちがなくもなかった。
ただ、連絡の不手際は気遣いの権化のようなふたりらしくない…という一抹の違和感は感じつつ。
…それがまさかこんな事態を指しているとは。

「…いや、俺だよ。悪いのはさ。少しでも気づいてたら、昨日蓮にあの子のこと頼みっぱで帰るなんてこと…――――」

手の中のタバコを握りつぶしていることにも気付いていない主任。
どこか現実味を欠いた、ぽかんと抜けた違和感まで、俺と彼は共有している。

(…それをいうなら俺はもうずいぶんまえに気づいていたんですよ、椹主任…)

蓮の気持ちなんか、奴がまだ無自覚だったころから気づいていた。
気づいていながら、俺は…。

…蓮、おまえ、あの子になにをした。
浮いた話ひとつ出ない敦賀蓮が、何をどう血迷った。

「…つかなぁ…、あの男は誰なんだ、本当に蓮なのか……」

全く同感だった。
ボロボロのキョーコちゃんの傍らによりそうようにして、口先だけで謝罪しながら、
あからさまな不機嫌を隠そうともしないで、周囲を睥睨したあの男は誰だ。
むしろバレるならバレろと、人が自分たちをどう見るかなんか百も承知であるかのような
ふてぶてしい顔で………。
キョーコちゃんの父親代わりだという下宿先の旦那さんとの一触即発なあの空気。
キョーコちゃんの体調があれほど目に見えて悪くなかったら、どうなっていたかと思うと胃がキリキリと痛んだ。
……あんな黒い蓮ははじめてみた。

「…俺…キョーコちゃんが一生懸命言い訳しているのがかわいそうでなりませんでしたよ…」

なんとなく、深くため息をついてしまう。

「……キョーコちゃんはともかく、蓮があんな言い訳で周囲を納得させられると思うわけがないですからね…」

俺は…、ふたりがうまくいってくれればいいと、もうずいぶんまえからそう思い続けてきたんだ。
でも、あれは…―――――あれはどう見ても。どう好意的に解釈しようとしても…。

「蓮は…あの子に ひどいことを…したんだろうな………やっぱ」

ぽつりと主任がつぶやく。またも思いはシンクロしていた。
キョーコちゃん自身は気づいていなかったんだろうけれど、あれはとても熱で倒れたなんて顔でも様子でもなかった。
泣きはらした目、震える全身、立つことすらおぼつかないようすの… そして。
蓮とキョーコちゃんの間にある空気の変化。
男と女の。

「いったい…いつのまになんだ………」

頭を抱える主任に、答える言葉を持たない俺。
知っていたのに、俺は何も出来なかった。
罪悪感がちくちくと胸を刺した。

(ごめんよ、キョーコちゃん…   )

二人のはまったドツボに思いを巡らす。
先のことを考えると、頭が痛かった。



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