■発端05_2 
キョーコ
超災難

 

体が、動かない。
これからはじまることがなんなのかはっきりわかるのに、足がすくんで動けない。
頭が熱くなる。ドアを背に、敦賀さんに触れられて、魅入られてしまったみたいに。

敦賀さんの手がのびてきて、ツナギのジッパーがゆっくりとひきおろされていく。
下に着ているTシャツがたくしあげられる。
敦賀さんの手が、背中にまわり、ブラのホックが外された。

(ど………)

どうして………

(どうして、動かないの?私)

肌が空気に晒される、ひんやりとした感触。思考停止したみたいに、馬鹿みたいに、
敦賀さんにされるがままになっている自分。

(私―――――――――――――――――――)

触れられて、嫌じゃない…?
見つめられて、胸が痛むほど。
思わず見とれてしまうほど。

この人を、こんなに悩ましげに感じるのは…―――――――。

(わたし――――――が)

この人に…

(……で、あれば…―――――)

(―――――――――――… 恋の…―――――――――――――)

 『   恋の予兆さ   』

かつて自分が坊の姿で敦賀さんに向かって言った言葉が
鮮やかに脳裏に浮かび上がって叫びだしそうになった。

「………最上さん…?」

私が、この人を…―――――?

いぶかしそうに私を見つめる綺麗な目。
かぁっと顔が熱くなった。
敦賀さんの目が大きく見開かれる。息が苦しい。目が逸らせない。
目が合ったまま、二人してしばらく止まってしまった。
敦賀さんの表情が、あやしく変化する。 黒目が濡れる。目のふちが赤く染まる。
男の人の顔…―――――――なんてきれいな、なんていやらしい……――――――――――。

「……そんな顔をして………」

敦賀さんはごくりと喉を鳴らした。視線が焼けるくらいに熱い。
掴まれた二の腕が痺れるようになって、私は小さく喘いだ。苦しい。
からだの奥が……―――――――。

奥から、あふれて………――――――。

「…ちがう……――――――ちがうん、です……」

いやだ、ただこうしてるだけなのに、自分が変わってしまう。
抱きすくめられた。敦賀さんの熱い体。からだの中心におしつけられた熱いもの。
顎をつかまれて、激しくくちづけされた。二回目の……。

頭の奥が破裂しそうなほど、鼓動が激しくなる。
否応なく全身がひきよせられていく、圧倒的な力。圧倒的な蠱惑。

(駄目なのに………――――――――――)

圧倒的なちからで流されていく心のどこかで、小さくあらがう自分がいる。

(何故…私はまだ、なにも……)

(ショータローへの復讐も、演技の勉強も、あなたに追いつくという目標まで…なにも)

(なにも果たせていないのに………)

私がわたしになるまえに――――――――――――
最上キョーコが最上キョーコをつくりあげるまえに―――――――――――――

こんなふうに………


『地味で色気がねえうえに肉便器としてだけは利用可な、
男の本命にはなれねーアワレなオンナのままだぜ?』


ショータローの嘲るような声が耳に蘇った。
私のこんな有様を見たら、アイツはきっと笑う。
それみたことかと、やっぱりオマエは所詮キョーコだと。

あの眩しい、スポットライトの中のアイツには届かないまま――――――――――――――。

口惜しい… ――――――――――――――――――――――――― 口惜しい。
…涙が出てきそうだった。

「…なにを考えてる……」

尖った声が耳を掠めた。
目をあけると、一転して顔色を変えた敦賀さんがぎらぎらした目で睨んでいた。
ゾッとするほど怖い顔。美貌の人が怒った顔は本当に怖い。

「…不破のことなんか―――――」

掴まれた顎に力がこめられる、いたい。

「考えるんじゃない」

ぎょっとした。何故、どうして。

「そんなことくらい…わかる」

自分でも知らず、もやもやしたもの思いをどうしていいかわからず、
ぐるぐるとした思いのまま、言い訳のような言葉が溢れてくる。

「…だって…私、まだアイツになにも―――――こんなことで、敦賀さんに……
私が…全部、ぜんぶ、だめになっちゃう……」

「ダメになればいい」

敦賀さんはきっぱりと言った。

「不破のことなんか全部。復讐なんかさせない…――――――――――――もう二度と…会わせない」

逆らう間もなく、腰の辺りにわだかまっていたツナギを明確な意思を持って脱がされた。
全ての思考が中断する。流されるまま、また……。
Tシャツと下着だけの姿になった。
敦賀さんが私の前に片膝をついて、下着に手をかける。

「………っ」

下着がずり下ろされるのに、思わず目をつぶった。
途中まで下げて、手が止まったので、恐る恐る目をあけると、彼は無表情で私を見上げていた。

「…どのくらい…――――濡れているか、自分でわかる…?」

大きな手で足をつかんで、太腿を撫でながら、敦賀さんが言う。

「……っ」

「――――――――――――この可愛い下着と……」

敦賀さんは私を見つめたまま、するすると下着を私の足から抜いた。
何も隠すもののない心もとなさ。なのに、からだが動かない。

「最上さんのココが、いやらしい糸をひいて繋がっていたよ…」

私の反応を確かめるように、そんな恥ずかしい事を冷たい声で言う。
顔がまた赤くなった。涙が出た。

「…まだ、触ってないのに……ぐちょぐちょだ……」

だって…だって、敦賀さんが…こんなふうに。
耳をふさいで、イヤイヤをした。そんなことを言わないで………。
立ち上がった敦賀さんが耳をふさぐ私の両手首を掴んで、ひきはがした。

「…不破を思って濡れたのなら、許さないよ…―――――――?」

わざとのように耳元で言う。
違う、そんな…そんなのってない。 

立ったまま、膝裏をすくわれた。そんなところが外気にふれて、体がすくむ。
敦賀さんの怒気をはらんだ仕草に思わず悲鳴が漏れる。
かれは、軽く舌打ちをした。こわい。

「…やさしくする、つもりだったのに…―――――」

いいざま、熱いものがそこにあてがわれた。
それがなんなのか、認識するより先に……

「い――――――――――――――――――――――!!!!」

硬くて、熱いものが押し入ってきた。激痛に背を反らせて、腕をつっぱり、
敦賀さんのからだを押しやって逃れようとしてしまうのを、
しっかりとつかまえられたまま、さらにぐい、と捻り込まれる。
裂けそうに痛い、めりめり、という音さえ聞こえそうだった。

(………―――まって……まってくださ…………いた――――――――――――!!!)

言葉にならない哀願、敦賀さんが少しづつ身を進めてくるたび、悲鳴が止まらない。
気持ちとか、こころとか、関係なく、体の痛みだけで涙が吹き零れた。

「 待たない 」

さっきまでの冷たい声に、甘さが混じった敦賀さんの声。
擦れたような、卑猥な…。
言葉とうらはらに、敦賀さんの動きが少し止まった。

(あ―――――――――――――)

一瞬にしてこわばった体から思わず力が抜ける。
何よりも正直に体がほっと息をついた瞬間。
……思いきり突き上げられた。

「―――――――――――――――――――――!!!!!!」

目をみひらいて、のけぞった、声にならない叫び。

首の後ろをきつく掴まれた。乱暴なくちづけ。口の中を敦賀さんの舌が蠢き、
口のはたを唾液が伝った。

ゆさぶられて、自分の口からおかしな声が漏れる。
こんなに…痛いなんて。 こんなに……。
動かないで欲しい、抜いて欲しい。許して欲しい。止めて欲しい。

いたい―――――――――――――――。

立っていられない。どこにも力が入らず、崩れそうになるのを、敦賀さんの力だけで支えられている。
敦賀さんが身動きする、そのたび、声だけは淫らにブレた。
頭の中がまっしろになる。半ば失神していたのかもしれない。視線を感じて見上げると、
敦賀さんが悪魔みたいに残酷な顔をして私を睨んでいた。
着崩れてはだけた胸元のいやらしい感じ。乱れた髪の間から覗く濡れた目。荒い息―――――。
私の中のなにかが呼応する。体の奥の奥……原始的な欲求の何かを刺激する…。

ふいに体が自由になった。抜かれたのだと気付く間もなく、近くのキャビネットにうつぶせにされ…
また貫かれた。うしろから。

体をめちゃめちゃに触られる。胸をもみしだかれて、撫で上げられ、乳首をこすりたてられた。
そして彼は…ひとつに繋がった部分の、その傍を、触れるか触れないかの強さで触れてきた。
痛いのに、そんな事をされたって感じたり出来ない…弄らないで、そんなふうに…。

言葉にならない悲鳴。哀願。全て無視された。

敦賀さんは、容赦がなかった。
どのくらい、ゆさぶられているのだろう…股間から、敦賀さんが放出したものが
しとどに流れ出ているのを感じる。
何度目だろう…一度目はうしろ、にどめは、キャビネットの上に仰向けにされて…そのままなんどか。
声も、涙も枯れ果ててしまった気がする。
そして今はまた、後から執拗な愛撫と、抽送を―――――。 気が狂いそうだった。

(もう………もう――――――――――)

弱々しく頭を振る。力が入らない。伸ばした手でキャビネットの端を掴んだ。
のしかかっていたあの人の重みが遠のく。
え…と思う。
繋がっている、そこの感触だけが体を支配した。

(……え………―――――――?)

ずしん、と、体の中心に、異様な感触。

(あ――――――――――…?)

繰り返された陵辱に、半ば無感覚になっていたそこに、
さざなみのようなかすかな快感の徴が表れた。

(なに――――――――――――――)

敦賀さんはそれを私よりも早く察知しているみたいだった。

「や…―――――――――」

言葉もなく、揺さぶられ、刺激されて…。
耳を噛まれ、首筋に歯を立てられた。
まんべんなく、根こそぎに犯される…――――――――――私は体の中に、敦賀さんの脈動すら感じ始めている。
荒い吐息…そして私は、自分がいつのまにかゆっくりと腰をくねらせていることに気付いた。

(あ――――――――)

体の奥からいいしれない疼きが這い上がってくる。敦賀さんの指先がふれる箇所から、
いいしれないもどかしさが全身に広がっていく。

(……イヤ………)

ちがう…なにかが…。
痛みの奥から、ぞわぞわと、淫らなものが…。

「……不破に…―――――見せてあげたいな」

敦賀さんがうっとりと言った。

「俺に無理矢理犯されてるのに、こんなに感じている最上さん…」

荒い息の下、擦れた残酷な言葉が壮絶になやましい。

「…どうしたの――――?こんなになって………」

つきあげられると、知らず、お尻があがった。
からかうように、撫でられる。

「イ…―――――いや…―――――――――――」

ほんとうに、どうにかなってしまいそうだった。
敦賀さんが触れているところ全部から、いまはもうはっきりとした淫らな快感が染みて、たまらない。
気がつくと、死んでしまいそうに気持ちが良かった。

「つるが…―――――――――――さ…ん…――――」

自分の声でないみたいな、甘い、甘ったるい声。
肩ごしに振り返ると、体の中の敦賀さんが少し大きくなった。
思わず眉を寄せて、「あ」と声をあげる。
敦賀さんと視線が絡まりあって、酷く淫靡な感じがした。
じっと私を見据えたまま、彼の薄い唇の端からみだらな舌がちらりと覗く。
瞳の色を染めていた怒りが、もっとエロティックなものに染めかえられていくのを目の当たりにして、
私のそこがじん、と痺れた。

「………なんて――――――――――――」

はぁっと大きく喘ぐ、敦賀さんの…。

「なんて…悪い娘―――――――だ……、俺を…こんな…――――――」

「――――――――――!!!!!」

敦賀さんの動きが激しくなった、ついてゆけない、意識が飛ぶ。
めちゃめちゃに叫んで…
敦賀さんの甘い喘ぎを聞きながら、
私は生まれてはじめてのセックスで、生まれてはじめての絶頂を迎えた。


私は、この人が好きなんだ………。
薄れていく意識の中で、私はふと、あっけなく、とうとう、自覚してしまった。
いつからか、どこからかも知らず…。ただ、この人が好きなのだと。

それだけで、もう生きていけない気がした。

もう二度と、誰も愛したくなんかなかったのに…。
こんなふうにこんなかたちで自分がバラバラになってしまうみたいに…。
――――――――――――――誰も知らない、どこか遠くへ行ってしまいたい…。


…コーンの森へかえりたい…。


 

 

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