■発端04 
妄想
敦賀君

  

その日のその後の事は正直よく覚えていない。
仕事はきっちりこなしたはずだ。リテイクも出さなかった。
しかし、当然ながらあの子がいつものように俺の傍に寄ってくる事はなかったし、
俺からあの子に近づくことも出来なかった。
罪悪感と拒絶されることへの恐怖で、彼女のいるほうを見る事すらできなかったのが実際だ。
ただ全身をアンテナのように張り巡らせて、彼女の気配を伺っていた…それだけはよく覚えている。
多分、その後の飢餓感の予兆を感じていたのだろうと思う。


一線を越えてしまったそのツケを、俺は程なく思い知る事になった。
本人と接する機会が激減した分、あの時胸に抱いたあの子の感触が、
時の経過とともに鮮やかに蘇るようになったのだ。
細い体、弱々しい抗い、吐息、くちびるの感触、―――――――――からめた舌の熱さ。
惜しい事をしたとさえ思っている。
こうまで飢えるのならば、いっそあの時最後までしておけばよかったとさえ考えてしまい、
俺は自分のその浅ましさに深い自己嫌悪に陥った。

「れーん」

TVのトーク番組に、彼女と出演することになった。
『DARK MOON』の番宣を兼ねて…彼女はスケジュールの都合のつかなかった百瀬さんの代打だ。
それでも番宣に、準主役なみの扱いで出演できるようになったわけだ。
デビューから半年…かなりのスピード出世だろう。
役者としての彼女の、不思議な魅力。意外で、驚かされたけれど、妬ましさはない。
彼女は気付いているのだろうか。それは稀有な才能であると。
周囲の人間を巻き込むパワー。
巻き込まれた人間の多くが、気付くと彼女に手を差し伸べたくなっている。
才能というよりは、性格なのだろうか(メルヘンな部分も含め)
愛を失い、愛されることを拒みながら色々なことにひたむきな彼女が周りの人間にそうさせるのだと。

そんなことをつらつらと考えながら彼女の後姿を盗み見ていると、社さんが声をかけてきた。
彼は自分の目を指差し、その指を俺のほうに振った。

「目、怖いぞ」

つまり打ち合わせでセット上に上がっている彼女を、俺は『怖い目』で見つめていたらしい。
自分ではそんな意識はなく―――――――――…しかしどうしても、内面の飢餓感というやつは
表に出てしまうものらしい。

ふと視線を感じてステージへ目をやると、彼女がそっとこちらを見ていた。
目が合った…久しぶりに。
ものいいたげな、俺の心臓を鷲掴み、期待させる潤んだひとみ。
時間にしたらほんの一瞬。俺の目が彼女を捕らえた瞬間、彼女は怯えたように目を逸らしてしまった。

「蓮、目、目!」

…また社さんに注意された。


寝苦しい夜は嫌いだ。思いがあの子へかえっていくから。
もしもあの時愛してることを告げて、あのまま続けていたらという圧倒的な後悔が押し寄せてくるから。
下半身にわだかまるこの熱を、あの子の体を使って鎮めたい。
愛しさが時として憎しみに似ているのは何故だろう。
壊したい。 そんな思いで、俺は今夜も自分を慰めている。


*****


「めちゃめちゃにしてしまいたい―――――――」

涙に濡れた彼女の目を見据えて、俺は歯の間から搾り出すように囁き、
胸元から未緒の衣装を引き裂いた。
彼女の目が驚愕に見開かれる。未成熟な体。裂かれた服地の間からのぞく、
小ぶりの胸の白さが俺の目を射る。

「いっ…いや…!!! いやです…!!」

体をよじって身をすくませて、俺の目から肌を隠そうとする彼女の仕草は
俺の嗜虐心にほの暗い火を点した。
彼女の上に馬乗りになって、無理矢理手首を床に押さえ込み、腰を押し付ける。
なんとか逃れようと足掻くのに、俺はどうしようもなく興奮した。

両手を一つに頭の上でまとめ、空いた手でそっと、できるだけやさしく乳房に触れる。
手にすっぽりとおさまる柔らかな感触を楽しみ、指先で突起を擦ると、
彼女は声にならない声をあげ、その身をふるわせた。
色の薄い乳首がつんと尖る。

体の線をたしかめるように胸からわき腹を撫でる。すべらかな肌が気持ち良い。
かすかにしゃくりあげる声。
…きっと今俺はひどい顔をしている。欲情にひき歪んで、醜い顔をしている。
息が荒くなった、我慢できない。
乳首にむしゃぶりつくと、彼女は本当の悲鳴をあげた。

「敦賀さん―――――――――――――敦賀さん、やめて下さい、やめて――――――――!!!」

ごめんね、と思う。 やめない。 もうやめない。
俺は一度やめたんだ、そして君に逃げられた。だから今度は…逃がさないんだよ。

執拗に乳首に愛撫を加えながら、太腿に手を伸ばす。泣き声が大きくなる。
いい―――――――――― もっと泣いて。君の中が俺だけになる。俺ばっかりになる。
唇を下方にズラして、体を沈めていく。彼女の手が俺の体を押しのけようと弱々しくあがいた。
誰にも触れさせた事のない部分、まだほんの少女の体。
細腰のあたりに頬ずりをして―――――――――――――思い切って下着のしたに指をもぐらせる。

「いや――――――――――!!!!」

俺は自分の体重で彼女を押さえつけたまま身を起こし、彼女の上から微笑んだ。ひどく意地悪に―――。

「……感じてくれているんだね、最上さん…」

泣きはらした彼女の頬が紅潮する。
実際に色々と弄っているから、女性の体の生理としてその状態は異常なことじゃない。
でもきっとこの子はそんなことは知らないだろう。 自分を淫らな女だと――――そう思えばいい。

「…俺を入れてくれる準備ができているみたいだけど……ほら、これ……」

やさしく弄るとかすかに卑猥な音が聞こえる。
彼女の体が奇妙に跳ねた。

「……………っ」

「…ここ……?」

触れると体がビクンとふるえる部分を、触れるか触れないかの強さで愛撫する。
今度は彼女の腰が淫らにはっきりとふるえた。かみ殺したあえぎ声に甘さが混じる。

指にまとわりつく愛液、女の匂い。
そうか…そういえば随分久しく、女を抱いていない。
(飢えるわけだ―――――――――――)

「――――――――最上さん、腰を上げて…」

彼女の目が情欲に潤んできたのを確かめて、俺は体を上方へズラし、そっとくちづけながら囁いた。
かすかに首を横にふる子の、敏感な部分を少し強く引掻く。

「――――――――――――――っっ!!!」

「 あげて 」

震えながら従う少女から、下着を剥ぎ取り、もう一度明確な意思をもって体を沈めた。
卑猥な眺めに喉が鳴る。そっと…――――そっと。

「あ…っア、駄目、だめ―――――!!!!」

何をされているのか気付いた彼女が、足を閉じようと体に力を込める。
構わずそこにくちづけて、舌を押し付け、舐めあげた。
細い腰がふるえて…―――。

「つるがさん…っ、つるがさん…!!!」

甘い…甘すぎる声。俺の肩を押しのけようとする手の弱々しい力、
髪を掴まれて…
彼女の体が示しているあきらかな快楽の兆候。
…男として、女であるこの子を悦ばせることはできるのだという確信に、
俺は夢中になった。

どのくらいそうしていたかもわからない。
切れ目なく続く彼女の喘ぎが途切れ、ふいに体がこわばり、
思わずといったように脚がひらいて、伸ばされた。

「…イヤ、 いや……!!!アッあ―――――――――――」

(――――――――――)

擦れた短い叫び―――――全身を痙攣させるようなふるえに、俺は彼女をイかせたのを感じた。

そこからはめちゃめちゃだった。
俺は文字通り、彼女を犯した。
初めてむかえた絶頂に、失神寸前の体をおしひらき、自らの汚れた欲望を押し当て、貫いた。
彼女は泣いた。
止まらなかった。

いたい、いたいと。やめて、もうやめてと。
抜いて下さい、痛いです、と。
許してください、もういやです――――と。

きれぎれに、泣きながら。

一切聞かなかった。
快感に狂ってしまったのだ。

(酷い事をしているって…わかっているんだよ)

(でも、君が言ったんだ… 『私にして欲しい事ないですか』…って)

(俺が君にして欲しい事をしてくれるって……)

うっとり囁くように云うと、彼女は力なくゆっくりとイヤイヤをするように頭をふった。

「―――――――――――犯させて、欲しかったんだ…」

罪悪感で萎える時期は過ぎていた。
こんな事を、自分が本当に望んでいるというわけでもなかろうに、とも思う。 でも…―――。
本当か?
これこそ、敦賀蓮の本性なのではないか。
いや、捨てたはずのもう一つの名の、本当の望みですらあるのではないか。

泣き叫ぶあの子の脚を抱え上げ、押し開き、愛していると囁きながら身勝手な欲望をねじりこむ。
あの子のあの子らしさを根こそぎにするように、無理矢理に快楽を味あわせて堕とす。
嫌がって泣くあの子の唇から、あきらかに意思と反した喘ぎが漏れるまで、その女の部分を弄びたい。
あの子は呪うだろうか?不破よりも誰よりも、この俺を?

…その時、俺は知らなかった。奇しくもこの欲望と根を同一にしたものこそ、
彼女を襲ったストーカーの正体なのだという事を。

「わたしのこころは、どうでもいいんですか…?」

ふと、俺の下の彼女が囁きかけてきた。

「――――…君の心を欲しいといったら……」

いとおしい。
すべらかな頬を撫でて、俺は彼女にくちづける。

「………君はそれを、俺にくれるの…?」

彼女は俺をひた、と見つめた。内面の葛藤が瞳の奥にゆらぐ。
彼女はそのまま眉間をゆがませ、視線を逸らせた。

(ね……だから…)

俺はゆっくりと、幻想の中のあの子を抱きしめる。

「だから俺は、体だけもらうんだよ…」

それは何だか、目も眩むような甘い誘惑に感じられた。
目を逸らして逃げていく華奢な後姿への、復讐なのかもしれない。
狂っている、どこか壊れている。恋の封印を解いた俺は、ただの狂人だ。


残念ながら幸せなセックスのかたち、愛の結実などはのぞむべくもなかった。




【同時刻、だるまや二階にて】

「っのぉおおおおおおおお―――――――!!!」

「キョーコちゃん、キョーコちゃん!しっかり!!」

自分の叫びと、だるまやのおかみさんの声で目が覚めた。
跳ね起きたまま、肩で息をしている背を、おかみさんの手が撫でてくれる。

「どうしたの、ずいぶんうなされていたよ」

「は…」

汗びっしょりだった。
なんだか凄くスゴイ夢をみたような気がする。

「…すみません…なんだか怖い夢を見たみたいで…」

すごい夢、を怖い夢、に変換してぺこりと頭を下げると、
おかみさんは安心したように息をついて、大丈夫?ともう一度云った。
申し訳ない、本当に。

「いいんだよ、まだ朝まであるから、ゆっくりおやすみよ」

その言葉に頷くと、おかみさんは私に頷き返してからどっこらしょ、と体をおこし、
もう一度おやすみ、と言って部屋を出て行った。

…目覚めた瞬間忘れてしまった夢のしっぽを掴まえようと思ったわけではないけど、
仰向けにまくらにあたまをつけて、目をつぶった。

敦賀さん…の夢だった、ような気がする。

覚えているのは、私を覗き込む敦賀さんの悲しい目。

実際にそんな目を見たことがないのに何故…と思って、
あの時のことを思い出した。
そういえば、夢の中の敦賀さんの目はあの時の目に似ていた…かもしれない。

今日久しぶりに同じ仕事をしたからかな…。
自分でも無意識に、気がつくと敦賀さんの姿を目で追っていた。
ツクン、と胸が痛んだ。
目が合った瞬間、全身が沸騰しそうな感じがした。

(………どうかこれ以上入ってこないで下さい…)

無意識に唇に指をあてて、祈るように思う。
恋なんかじゃないと。

お願いします、神様。
私があの人に恋しているなんてことはないと云って下さい。

お願いします。


 
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