■発端03 
俺様
松太郎


日差しが眩しい。
昨日から夜をぶっとおして続けたレコーディングを終えてホテルへ戻ると、
キョーコが一人ロビーにぽつんと座り込んでいた。
仮にも芸能人があんなとこで無防備に。…いくら今がヒトケのないハンパな時間っつっても…。
なんつか、全く自覚のないヤツだよな。

ひまつぶしに、イジって遊ぶか、と大股で近づく。

(………ん?……)

何だ?なんか様子が変だ。
椅子に浅く腰をかけて、どっか遠くをみているような、いないような、呆けた面構え。
異様に無防備、異様に細っこく、 異様に儚げな…――――華奢な体。
思わず眉間にシワが寄る。ナンかとてつもなくイヤな予感がしやがるのはなんでだ。
表情がはっきり見て取れる距離まで近づく。
そういえば、こんなふうにつくづくとアイツを眺めた事なんざ
ヤツが俺に反旗を翻すまで全くなかったな。
俺のタイプは、もっと出るトコ出た女クセータイプ…のハズだったからな。
昔っからアイツは俺ん中では女じゃなかった。
てか、今でもどっか自分が血迷ってるんじゃねーかと思う時がある。
だからビーグルの激ヤバ脳野郎とか、あのスカした気障男が、キョーコにオンナを感じて、
そう扱ってるくさいのにはイマイチしっくりこねー部分がある。

確かにアイツは俺にとって昔っから言葉になんかできねー存在だったし、
いまさら所有権を主張するまでもなくカンペキ俺のもんだが、
だからこそ今頃ワラワラと湧いて出たその辺の有象無象が俺のしらねーアイツの一面に
グッとくることがあるなんざまったくもって許される事じゃない。
まぁどいつもこいつも俺様の敵じゃねーけど。

「……………――――――――――――――」

ふうっと睫をふせて、ため息をつくキョーコが目に入る。
思わず、足を止めてしまった。
思ったよりもずっと長い睫、小さな唇、やわらかそうな頬。
可愛いとか美少女だとか、そんなふうに思ったことは全くなかった。
そうだ、あのプロモの天使姿を見るまでは、キョーコが実は
それなりの容姿だってことにさえ気付かずにいたのだ。

(なんだ――――――――――――――――――)

自分の顔が徐々にこわばっていくのがわかる。

(なんだ? 昨日の今日だろ…昨日までのキョーコに、こんな…)

こんな不埒な、悩ましげな、もっと言えば女臭い色気みたいなもんは…なかった。
はっとして、思わず周りをみまわす。誰も…というか、ヤツはいない。でも。

ナンかあった、ぜってーだ。

「よォ」

後から近づいて声をかけると、キョーコの体がビクンと跳ねた。

「なによアンタ、びっくりさせないでよ」

見る見るうちに全身トゲだらけの、最近おなじみいつものキョーコになる。
黒い風がヤツから俺に吹きつける。おおコワ。
だが。

ふいうちをくらわせるように肩を掴むと、キョーコは小さな悲鳴をあげて俺の手を振り払った。
黒いオーラの影から怯えたオンナの素顔がのぞく。

「なっ、なにすんのよっ、ばかっ」

取り繕うように強がった声。

「――――――――――――――― 何された?」

自分の目が据わっていくのがわかる。

「は?」

「あのヤロウに何されたかってきーてんだよっ」

吐き捨てるように言うと、キョーコの顔が一瞬真っ青になり―――次に赤くなって、遂に白くなった。
信号機かお前は。(←間違ってます)

「あっ…あんたにカンケーないでしょっ」

くるりと背を向けて、俺から逃げ出すようにずんずんと歩き出す。ロビーから部屋のほうへ。

「否定しねーんだ?」

追いかけて後から耳元で囁いてやると、耳を押さえてばっとふりかえり…
涙目になって睨みつけてくる。なんとなく、ギクっとした。

「うるさいわねっ、あっちいって!!!」

「ヤラれたとか?」

まーあの手の似非紳士気取りに限ってソレはあるまいな、女に飢えることもねーだろうし。
しかもこのキョーコ相手に(プ)と思ったが、
ふとあの時のキレたツラを思い出し、顔をしかめたくなった。

(もしほんとにソーだったらタダじゃおかねえってもんだけどな……って、 あ?)

単にカマをかけただけだった。半ば冗談のつもりで…。
なのに、なのに、嗚呼、キョーコの顔がみるみるこわばるのを見て、
こっちの血の気がひいた。

「マジか――――――――――――――――――」

「バカっ、そんなわけないでしょ!!変な事言わないでよ、敦賀さんに失礼よっ!!」

(マジか―――――――――――!!!!!)

叫びそうになる。
自分の目がさらに据わっていくのがわかる。まじやべぇって。

「………」

「なっ、なによっ…」

半眼になって、正面から睨みつけてやった。腕を組む。

「 … 『敦賀さん』 ……ねえ……?」

嫌味たっぷりに言うと、キョーコは自分の失言に気付いたようにはっと目をみひらいた。

「俺 『敦賀さん』 の名前なんてひとっことも出してねーぜ?」

みるみる紅潮する頬、唇がふるえて、両手をかたく握り締めて、俺から目をそらす。
…思わずといったように。
確かに、目の前の女には、昨日までは感じなかったはずの、男心をくすぐるナニかがあった。
昨日今日であの野郎が引き出したものと思うのも癪にさわるが、
俺だけがそれに気付かなかったのであってもすげえムカつく。

「ナンだよお前、何やってんだよ、折角人がビーグルの変態から守ってやったのにそんなんじゃ
全然イミネーじゃねーか、ナンだよ、何されやがった、言わねーとあのタコ殺すぞ!!」

油断した。
あの野郎がキョーコの眼中にないのをおもっくそ嘲笑ってやったのに、数時間後にコレかよ。
マッハの行動力じゃねーか。

「…そんなんじゃない…っ へんなこと言わないでよ、ばかっ」

しかもコイツ、この感じ、やべえ。見誤った。こいつあの野郎のこと眼中にないわけじゃねー。
自分の気持ちに自分で気付いてねーだけじゃんよ。失敗した、糞!!

「…おま、ちょっと来い!」

「イヤよ、なんで私がアンタと行かなきゃならないのよっ」

「お前がシラ切るってンなら、アッチあたったっていーんだぜ俺は」

俺の物言いにさっと青ざめる。唇がわなないて…まっすぐ睨みつけてくるのに
正直に言うと、思わず喉が鳴った。

「そんなことしたら…許さないから!!」

肩も声も震えている。むかつく。

「じゃ来いよ、昼間ったってこんなトコじゃ人目がねーわけじゃねーんだからよ」

とりあえず、俺の部屋に連れ込むと、キョーコは邪悪な目つきでこっちを睨み、
恨みがましそうにふくれている。これがさっきの悩ましげなオンナと同じ人物かよ。
詐欺じゃねーか。

「ぼさっと突っ立ってねーで座れよ」

「いっとくけど!!」

部屋にはいったとこで仁王立ちになったまま、一気にまくしたてる。

「何もないから!あっても言わないから!勝手に決め付けて、敦賀さんに迷惑とかかけたら
ただじゃおかないんだから!!それだけ、じゃあね!!」

「信じるかっつーの」

くるりと踵をかえすキョーコの腕を掴む。体に触ると、キョーコの奴は面白いくらいまんまと反応した。

「さわらないで!!!」

腰をひいて逃げようとするから、掴んだ腕に少し力を込めてやると、
でっけー目を見開いた。怯えている。

「へーえ……こうやって掴まれたんだ?」

壁際に追い詰めて。下から顔を覗き込んでやる。

「―――――――――――っ…」

「でもって、こんなトコにこんな跡つけられたわけだ」

白々しい首の絆創膏をひっぺがすと、案の定キスマークがあらわれた。
ぎりぎりと歯軋りしたくなってる自分に気付く。あの野郎の似非紳士面をぜってーぶっ潰す。
キョーコは空いた手でそれを隠した。
必死に虚勢を張ったまま、逸らして、あたりを泳ぐ目。睫が震えている。畜生。

体を引き寄せて抱きしめると、キョーコは激烈に反応した

「いや、ショーちゃんっ!!!」

何かがキョーコのなかで崩れた。泣き顔になる。

「逃げられるわけねーだろ、非力なんだからオマエ。本気出した男の力に敵うかよ、わかれよ、そンくらい」

暴れまくるのを押さえつけると、タヌキみてーな目からボロボロ涙がこぼれてきた。

「どうしてっ!!!」

ぶわっという感じ。

「どうしてこんなことするの、ひどい、こわいのに、イヤだっていってるのに!!!」

上気した頬に流れる涙と、乱れかかる髪と。
大丈夫だ、イキつくとこまではいってねー。
いくらなんでもあの野郎も、そこまではできなかったらしい…ったって若干時間の問題って気もするが…。

(させるかよ)

「………オマエなぁー……」

はー、と息をついて、力を緩めてやると、キョーコはその場にへなへなと座り込んだ。
昔のキョーコそのまんま、ぐしぐし泣いている。俺の苦手なシチュエーション。

なんとなく心のどっかで野郎に同情する気持ちが0.5ミクロンくらい湧いてきた。
乙女の相手は大変だわな、まぁ。めんどくせーし。惚れたもん負けだけどさ。
…同病相哀れむ。そんな感じ。
だからって敵に塩をすり込む(←間違ってます)ようなコトをしてやる気もサラサラねーが。

(…――――――――――――――)

あのヤロウのキレたツラ。
芸能界一イイ男(くっ…)と称されてるヤツまだなんでこのキョーコにってのは
おそらく永遠のナゾだが、ヤロウのあのツラは、わかる。やべえ、かなり煮つまってる男のソレだ。

(キョーコ、ねえ………)

どうも思考がループするのは、俺自身がキョーコにオンナを感じていることを認めたくねーからだろう。
俺はかつてこのオンナを利用するだけしてボロゾーキンのように捨てたわけだが、
それはつまり、コイツは俺にとってある意味「家族」だったからなんだろうと思う。
思春期にハハオヤをウザくてたまらないと感じたように、俺はあの時コイツがウザくてたまらなかった。
コイツの待つ家に帰るのすら億劫で、俺に刺激を与えてくれる異性としてのオンナや、遊びや、
仕事に夢中になるほど、蔑ろにせずにはいられなかった。
幼い頃から俺だけを見て、俺だけを大事にして、それを幸せとしてるコイツの存在が、
気付けば重くてうっとおしくてたまらなかった。
勿論、異性を感じたことなんかいっぺんもない。
逆にだから、俺はそのまんまコイツとくっつけられそーになった生家を飛び出したのかもしれない。
…まぁ、そんなヤツを連れて家を出るってのも意味不明ではあるが。

…懺悔しちまえば、実際家を出る時は、認めよう。ひとりじゃ不安だった。
キョーコが俺を真っ直ぐに見て、いつも俺が必要とする言葉をナチュラルにくれるその力が
必要だった。

海のものとも山のものともつかない俺の夢を、かなえるためにはコイツが必要だったんだ。

祥子サンにはかつてコイツのことを「家政婦」と云った事があったけど、
より正確に言えば

『同じ年の妹、姉、母兼奴隷(俺教の信者というか崇拝者)兼家政婦』  だった。

俺に反旗を翻し、対等の人間として俺の前に立ちはだかってこようとするまでは…。

「…ショータロー…?」

もの思いに沈んでいると、キョーコが不審そうにこちらを見上げていた。
俺の前で一瞬昔に戻ったことを、おまけに泣いてしまったことを恥じるように唇を引き結んで、
きつい表情を浮かべてはいるものの、目のはしに溜まってる涙がアンバランスで…
……可愛いじゃねーか、クソッ、ムカツク!!

「……おまえ…」

ギロリ、と睨んでやると、キッと睨み返してきた。

「ひとつだけ、云っといてやるけどな」

…さてと、ウデによりをかけますよ。

「男は、マジボレした女のこと、襲ったりなんかぜってー出来ねえってこと覚えとけよ」

キョーコの目が凍りつく。俺はそれはいまいましく横目で見た。
何ショック受けてやがる、こン畜生。

「本気で惚れた女なら、死ぬほどだいじにするに決まってんだろ?嫌われるのが怖かったらオマエがあいつにされたよーなこと出来るわきゃねーっつの」

傷ついた顔と、いぶかしげな目の色が同時に浮かぶ。

「…なんだよ」

憮然とした態度で云うと、キョーコの肩がぐらりと揺れた。

「あ」

「…あんたがそんなマトモなこと云うなんて…」 ショックだわ…と、苦しみ始める。

よろけるんじゃねーアホ。
…そんなふうにな、キョーコ。
冗談にまぎらわそうとしたって、お見通しなんだよこっちゃ。
伊達に親よりもお互いの事知りつくしていた間柄じゃねーっての。
おまえが、俺の言葉にアイツの本心を思い、鉄のカタマリ飲み込んだよーな気分に
なってることなんざバレバレだっつーの。

だから、テッテー的に邪魔してやるとも。

「ナニされたかしらねーけど、手近で間に合わされてんじゃねーぞ」

噛んで含めるように云うと、キョーコの唇がかすかに震えた。

「オマエは俺を、こっから引きずり下ろすんだろうが 余所見してんじゃねーよ」

そーだ、オマエは俺だけ見てりゃいいんだよ、キョーコ。

「…でねーと、いつまで経っても…」

前にしゃがんで、裏手で頬をピタピタしてやった。
ナチュラルに意地悪な気分なのはお仕置きだ。

「地味で色気がねえうえに肉便器としてだけは利用可な、男の本命にはなれねーアワレなオンナのままだぜ?」

傷口をえぐってやる。
オマエは俺にだけ、つながれてりゃいいんだよ、キョーコ。

キョーコの周囲をドス黒い怒りが染めた。
邪悪なオーラが渦巻く。 それでこそだぜ。
野郎はオマエに惚れてるんじゃねー、ただ、タマッたもんを出すための道具にしようとしただけだ。
…よっく、よーく覚えとけよ。

せせら笑ってやった。

結局、キョーコは何もゲロらなかった。
次の瞬間、おなじみの何かうそ寒い凶悪なカタマリが飛んできて、
俺が金縛りにあって動けないでいるスキに、ドカドカと出て行った。

わりぃな、敦賀蓮。
キョーコはオマエにゃやれねーよ。
それにな―――――――――――――…俺的にそのやり方はやっぱそりゃねーって思うぜ。
煮詰まったって、ヤッちゃ駄目だろ、男として。

俺は、てめーを認めねー。


 
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