結婚しようよ 02
***回想 
ラスボスは、だるまやのおやじさん
■視点混在


■キョ視点

「………それで…おかみさんと大将さんには…会えそうかな?」

二人で会う時は必ずここで…と、社長さんから密会場所として
用意してもらったLMEのVIPルームで、敦賀さんは私の手をとって言った。
私がアメリカに出発する前に、交際のお許しを頂きにご挨拶に伺いたい…と
言ってもらってから、一週間。

私は、ちょっと口ごもった。
それとなく、おかみさんには、打診してみた…のだけれど…。

実は、このほど、お付き合いさせていただく事になりまして…と言うと、

( …って、まさか、あの先輩さんと…かい?)

…あの温厚なおかみさんの顔がこわばったのが、忘れられない。

( …キョーコちゃん?どういうことなんだい、だってあんた… )

( あの…いろんな、ほんとにいろんな…誤解とか、ありまして… )

( …… 駄目だね )

思い返すたび、ふう…と吐息をついてしまう。

( そういう相手が、わたしらに挨拶に来てくれるって言ってくれるのは
うれしいよ…。本当に、うれしい。あんたはあたしらにとって、
娘みたいなもんだからねえ…  )

( …こんな事いったら、実の親でもないのに出しゃばるなって
思われるだろうねえ…でもね、あの先輩さんは、あたしらは許せない )

( 来て貰っても、話すことなんかなにもないね )

敦賀さんは、私の顔色を見て、何もかも悟っているみたいに、
握る手にふんわりと力を込めた。

「 ………色々…難しいよね…… ――――――――ごめんね? 」

やさしい目の美貌。
この人が、私をどれだけ愛してくれているか…。
それを、おかみさんと大将にわかってもらえないことがとても辛い。

「 もう少し…お話してみます、私も…敦賀さんとのことは、
お二人に理解してもらいたいんです…」


***


翌日、久しぶりにだるまやのお手伝いをした。
アメリカに出発するまで、事実上日本での活動は休止しているので、
一通りの人に挨拶した後は、ぽっかりと時間が空いてしまった。
敦賀さんとの交際という、大きな秘密を抱えているので、
あまり大勢の人の目に触れることは避けたくて…養成所にも休講届けを出している。

モー子さん、まりあちゃん、百瀬さん…。
かいつまんで事情を話した極少数のともだちは、最初驚き、
特にモー子さんには、こんなぎりぎりまでナイショにしてるなんてどういうこと!?
…と怒られてしまったけれど…
結局は、敦賀さんとの関係込みで祝福してくれた。

お世話になったお仕事関係の方には、会社の方から連絡を入れさせて頂いた。
監督さんや特に仲良くしてもらったスタッフさんたちは、
武者修行の門出を祝福してくれた。

「 帰ってきたら、一緒にお仕事をしましょう 用意して待っています 」

…新開監督からはそんなうれしいメールまで頂いた。 

色々考えながら、くるくると一日、働いた。

夜、11時近く…。馴染みのお客さんもそろそろ引けて、のれんを取り込む時刻。
見送って、竹ざおごと取り込んで、奥に片付けに行くと、
静かな音をたてて、入り口の引き戸が開いた。

「 あらー…申し訳ありませんねえ…もううちは仕舞い… 」

戸口に向かって張りあげた、おかみさんの声が途切れた。
その異様な違和感に、厨房の大将と私が、同時に入り口をふりかえる。

( ど……… )

そこに立っていたのは……敦賀さんだった。

「 夜分に大変失礼します。お店の終わりまで待たせて頂きます。
少しお話をさせて頂けませんでしょうか 」

敦賀さんは、礼儀正しくお辞儀をすると、私を見て、そっと微笑みかけた。
私は、思わず両手を胸の前で組んで、どうしていいかわからないまま、
わずかにうなづき、大将を振り返った。
おかみさんも、どうしたものかというふうに大将を見つめている。
ふたりにとっても、これが、思いがけない出来事だったのは確か…みたいだった。

……大将の、底光りするような、目。

厳しい人だけれど、こんな目を見るのははじめてだった。

「 話すことなんかなにもない、帰ってもらいな 」

おかみさんにむかって、顎をしゃくる。
おかみさんは、ちらりと敦賀さんを見て、そういうことだから…と言った。

「 大変図々しいお願いだということは、わかっています、
でもどうか…話だけでも聞いて下さい 」

深く深く頭を下げる…
何かを強く覚悟している敦賀さんの強い声に、弾かれたように私もその場で頭を下げた。

「 大将、おかみさん、お願いします。聞いて下さい!!」

( ………… )

何かが、空を切る音がした。

したん、と、突き刺さる………。

恐る恐る顔を上げると、大将の大切な商売道具であるはずの包丁が、敦賀さんを掠めて…。
背後の床柱に、突き刺さっていた。

「 話すことはなにもない。帰んな 」

私も、おかみさんでさえ、血の気が引いて、青くなった。

「 あんた…っ 」

「 うるせえ、とっとと追い出して、玄関に塩撒いとけ 」

大将は、ぷいと厨房の奥に姿を消した。
私は、おろおろと敦賀さんと、厨房とを見比べて、敦賀さんに駆け寄ろうとし…
彼がつとあげた手に制された。

「 …明日、また参ります 」

丁寧に、もう一度お辞儀をして、静かに出て行く。
後を追うことも出来ず…私は、その場に立ち尽くした。


***


「 ごめんなさい…敦賀さん、ごめんなさい…」

受話器越しに、泣きたい気持ちで謝ると、敦賀さんは私を宥めるように笑った。

『 ……いいんだ、俺はそれだけのことをしたわけだから。覚悟の上だよ 』

むしろ、刺されなくて有難い位だ、と。
安心させるように、低く笑って、早くお休み…とやさしく囁く彼に、
電話を切ったあと、私は、申し訳なくて、胸がいっぱいになった。
微動だにしなかった、敦賀さんと、何よりも大切に扱っていた包丁を
あんなふうに使った大将。
事態は、私の手に負えるものではなく…どうしていいのかわからない気持に、
叫び出してしまいたくなった。

神様…。


***


「……おまえはなんで、あの男をおれらに会わせたがる 」

床の間を背に、大将はぼそりと言った。

「……言ってみれば、おれらとおまえは、大家と住み込みの従業員兼
店子の関係だ。お前が誰とつきあおうが、本来おれらには口を出せる
筋合いはない。…そうだろう。」

「……おまえが、おれらを大家以上に思ってくれる気持ちがあるんなら、
そりゃおれらは嬉しい。おまえはおれらにとっては、娘みたいなもんだからな…だがな」

「店子としてでなく、娘として見ていいんなら、あの男のことを
許せる道理がないことは分かるだろう。」

大将の言う事は、ある意味私の胸を熱くした。
私のことに、こんなに親身になってくれる「親」という存在を、
私は持たなかったから…。

「 私にとって、大将とおかみさんは、こう思うことが許していただけるなら、
本当に、実の両親以上の存在です………」

だから。

「 わたしが、心から愛している人との交際を、許していただきたいのです 」

「 ………確かに、色々と間違いがありました。
彼自身、そのことはよく…本当にひどく、後悔してくれています 」

「 でも、一度は人を愛するこころを失ってしまった私に、
再びそのこころをとりもどしてくれたのも、彼なんです…… 」

私は、手をついて、深々と頭を下げた。

「 お願いします。彼と会ってやって下さい。 そして…… 」

「 親代わり、親同様、と本気で言うなら、それあ無理な事だ 」

大将は、すっくと立ち上がると、居間を出て行く。
おかみさんが、少し気遣わしそうに私を見た。


負けるもんか。


負けるもんか。


どちらにも、本当の大切を譲れないから。
だから。


私は、負けない。



***

■蓮視点

スケジュールの許す限り、必ずお店の終了間際に詣でた。
その間、一度たりとも、まともな会話が成立したことはない。
それどころか、きちんと相対したことすらないかもしれない。
正直、それなりにへこんでもいるし、無駄足になる時間が惜しくないといえば嘘になる。
それでも……俺は、それ以外に、誠意を示す術を知らなかった。

立場を取り替えてみれば、あちらの怒りも、俺に対する対応も、
極当然のことだと思う。

今日もまた、すげなく追い返された。連敗記録の更新だ。
駐車場に立ち、車のキーを取り出す。

…確かに、しかし、俺は焦れてはいた。
少女の発つ日が近づいてきていたからだ。
このまま…何の進展もなく、その日を迎えた時に、
俺たちには…どんなかたちが残るのだろう。
思いあってはいる。それは確かだ。つきあってもいる…のだろう。
気持ちのうえでは。

俺は、手の中でキーを無意識に玩びながら、ふと、考え込んでしまった。
彼女の親代わりというあの人たちに、交際を許されて…自分はそれで、
どうするつもりなのか。
晴れて、恋人同士として……認められて……。
それで?

ふと、何かが天啓のように意識を掠めた。

………認められることは、誠意を示す事…と思っていた。しかし。
それはある意味、免罪符を貰おうとしていること… なのかもしれない。

自分がしたことを、帳消しにして、新しくあの子との関係を築こうという…
ある意味、虫の良い願い。
だとしたら…、おそらく、決して。
あの親父さんは、俺を…許そうとはしないだろう。

…なるほど、道理だ。目から、鱗が落ちるような気がした。
俺は、日参するよりほかに、許されるための努力を、具体的には何もしていない。

ぱたぱたと、駆けてくる気配にふりむくと…愛しい少女の姿が目に入った。
キーをしまって、彼女のほうに歩く。

「 どうしたの、大丈夫? 」

声をかけると、俯いてしまった。

店を抜け出してきたらしい。
思いつめたような視線がいたいけで、俺はそっと胸を痛めた。
彼女の中にある葛藤は、手に取るようにわかる。
親代わりの彼らへの思いと、俺への気遣いとに板ばさみになって。
言葉にならないその気遣わしげな顔に、俺はそっと微笑みかけた。


「……いま、大事なことに気付いたんだ…今日は、
もう一度、チャレンジしてみてもいいかな…? 」


***


店にとってかえし、引き戸をあけると、うろんそうな舌打ちが聞こえた。
すいと、大将の影が厨房の奥にひっこんでしまう。
日参するうちに、おかみさんの方は、俺を見てくれるようになっていた。
俺と、厨房を、交互に眺めて、かすかにため息をつくように肩をすくめた。

「 度々、失礼します 」

会釈をすると、おかみさんが眉間に皺をよせた。

「 …何度来て貰ってもね… 」

「 はい、…………交際を、許して頂こうとは思いません 」

俺は、きっぱりと言った。
おかみさんと、最上さんが、驚いて俺を見る。

「 交際などと、半端な段階でお許しを戴こうとしておりました無礼をお許し下さい 」

「 これから先、彼女が相応の勉強を果たして、自分が一家を
構えられるだけの男になるまで、最上さんとは決して男女の関係は結びません 」

「 すべて、状況が結婚のために整いましたら、改めてお許しをいただきに参ります 」

一息に言ってしまうと、厨房の中に、ふと、影がさした。
厳しい彼は、ゆっくりとした動作で姿をあらわすと、俺を真正面から見た。
それは、俺が、どうしようもないあやまちを犯した翌朝、
少女を送り届けに来て以来のことだった。
しっかりと、その視線を受け止める。
魂の裏までみすかされそうな強い瞳から、一歩も引かないよう…真摯に見つめ返す。
やがて、彼が僅かに、肩を竦めるのが見えた。

( 勝手にしろ )

口の中で、そうつぶやくのが聞こえる。

俺は、つめていた息をゆっくりと吐いて、深々とお辞儀をした。

傍らの、少女を見つめる。

………順序が逆になってしまった………。
これで、彼女にプロポーズを断られた日には、目も当てられない。

目を細めて、それは勘弁しておくれよ…とそっと苦笑すると、
最上さんは、涙を溜めた瞳で俺を見つめ、この上なく可愛らしく、頬を赤く染めた。


そして、俺たちは、日本とアメリカという、
遠距離恋愛(プラトニック)をはじめたのだった。



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