結婚しようよ 01
***現在 
初夜
■キョーコ視点


長かった………。
今、隣に眠る敦賀さんを見つめると、ほんわりと胸にぬくもりが点る。
アメリカに武者修行に出て5年。日本に帰国して、2年。

帰国してから最初の仕事は、敦賀さんとの初の共演で、アメリカの先生まで巻き込んだ、
新開監督の映画 「奈落に棲む鬼」 だった。

作品は、カンヌに特別招待作品として上映され、見事パルム・ドールに輝いた。
敦賀さんはその役で日本人(?)俳優として二人目となる男優賞をもらい、
名実共に世界レベルの役者への一歩を踏み出していた。

私はといえば…それでも、女優賞にノミネートだけはされたりしたのだ。
デビュー前、奇しくも同じ新開監督の映画の演技テストで、はじめて敦賀さんにのまれたあの日から、
ずっと願ってきた「彼と、演技者として対等に渡り合う」事。
その手ごたえを、私はこの映画で確かに感じる事ができた。
受賞は逃してしまったけれど、敦賀さんと一緒にこの作品に参加できた喜びは、
言葉にできないほど、素晴しいものだった。

そんな中での、プロポーズ…だった。

『 最上キョーコさん、そろそろ俺の、お嫁さんになる気はありませんか…? 』

元々、彼と演技で対等に渡り合うことが、役者、京子としての最終目標のようなものだった私は、
その目的が果たされた達成感のなかで、彼の申し出にごく、素直にうなづいた。

一度目のデビューが、ごくささやかな、短い活動期間だったため、
私の日本での再デビューが「再」であることに気付いた人は最初極少数だった。
映画のヒットがきっかけで、アメリカでの仕事の評価が日本に伝わり、
敦賀さんとの交際報道がなされるなか、
過去握りつぶされたはずのゴシップまでがいったんは浮上したけれど、
婚約発表から入籍まで、電光石火の速さでことが進んでしまうと、
世間は案外寛容にわたしたちを受け入れてくれた。


そして、私は……結婚を期に、芸能界から引退した。


……今日という日を迎えるまで、この忙しい人が日本とアメリカを
往復してくれていた。

年齢を重ねて、演技に幅が出て、どんどんと忙しくなる中で、
心が離れる事もなく、距離に負けてしまうこともなく。

(ありがとうございます……)

新婚初夜………。
でも、わたしたちは、いまだ、体を重ねる事ができないでいる。
あの、はじめての夜から、7年の歳月を過ぎても…。

今日こそは…と思っていた、のに。
敦賀さんだって、そうだと…思うのに。

うっかり震えてしまった私に伸ばした手を、彼は思い切りよく引っ込めてしまった。

それで、彼の中であの出来事がどのくらいの傷になって残っているのかを、
私は思い知ったのだ。
傷つけられたはずの私よりも、傷つけたはずの彼のほうがよほど傷ついていた。

だから……。


『 いいんだ、無理をしないで。俺は大丈夫だから… こうして… 』

( きみと一緒に眠れる日を迎えただけで、俺は幸せだから )


そう言って微笑んでくれるやさしい人に。
私を丸ごと、さしあげてしまいたいから…。
これから私は、敦賀さんを襲おうと思います。

寝込みを襲います。

目を閉じて、なにかわからないものに手を合わせた。

『 ほんとうに、夫婦になるために―――――――― 』

私に勇気と、少しの………。
リビドーを。



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