結婚しようよ 03
***現在
初夜のつづき
■キョーコ視点


結局、思い返してみれば、だるまやの大将の攻略は、
敦賀さんひとりに頑張らせてしまった格好で、
私は今更ながら、申し訳なさに身が竦む思いがした。
思いがけない、婉曲なプロポーズも、結婚までプラトニックを貫く決心も。
この人は、ぜんぶ一人で考えて、決めてしまった。

アメリカにいる時に、色んなことを知った。
敦賀さんのこと、本当の名前、その過去。
知れば知るほど…いとしさがいや増して。

ねえ、敦賀さん…。

(いつになったら、私はこの人を本当の名前で呼ぶことに慣れる日がくるのかな…)
(遠い日の、妖精の国の、王子様の…本当の名前を…)

もう、ひとりぼっちで、色んなことを、抱え込んでしまわないでね。
私が、いつも、傍にいるから…。
ひとりぼっちで、苦しんでしまわないでね。

私は、ゆっくりと、彼の形の良い唇に、自分の唇を重ねた。

( 愛してる… )

そうっと囁くと、かすかに身じろぎした敦賀さんが、眠りの中でほんわりと微笑んだ。

とても、綺麗で、どきどきする。
髪にふれると、相変わらず、しなやかで、すべらかな…
柔らかくて…可愛い感触だった。
パジャマのボタンをひとつ、ひとつ、外して…。
心臓が、胸を突き破って、飛び出しそうなくらい、緊張した。

敦賀さんの、からだ。
こんなふうに、触る日が来るなんて…出逢ったときは、思ってもみなかった。
だって、ほんとうに、感じ悪くて、意地悪で…イヤガラセなんかされて
…大魔王だったし。

均整のとれた、たくましい胸にほのかに色づいた突起が、
なんだか、とても艶かしかった。
………少しづつだけれど、私の中で、この人への欲情が確実に
点りはじめるようだった。

顔が熱い。

手を伸ばして、敦賀さんの胸に触れると、彼は眉をうっすらと寄せて、
かすかに身をよじった。

「 ん…… 」

私は、焦らなかった。意識を浮上させた彼の寝息がもう一度深まるのを待って、
その突起に唇をよせる。
やんわりと吸って、舐めると、それは、ちいさく、でもかたく、雄弁に尖った。

………私が、いま、していることは、たったいちどの、
敦賀さんとの行為で知ったことだった。
敦賀さんが、わたしにしたことを…おなじように、なぞって。
だから、これで正しいか、わからない。
だって、ほかには、どうしたらいいか…わからない。

胸が、苦しくなった。

少しだけ…躊躇って、パジャマの下を…見つめてみる。
どうしても、思い出した。
少しだけ、こわかった。でも。

少しだけ、こわいばかりでも、なかった。

意を決して、そこに、手を伸ばす。


「 ………それ以上は、駄目 」


ふいに、手首を掴まれた。
ぎくりと飛び上がると、悪い顔をした敦賀さんがやんわりと睨む。


「……俺の奥さんは、悪戯がすぎるみたいだ 」


………知ってたもん。
敦賀さんが、寝たふりをしていることくらい。
でも、だったら、もう少し………。
もう少し、なのに………。

私は、上から、敦賀さんの唇に、キスをした。

柔らかいくちづけが、かえってくる。

「……悪戯じゃ、ありません……私は、敦賀さんと…したい、んです……」

熱い息をついて、囁くように言うと、彼はしかめつらになった。

「………嘘吐き 」

あやすように、冗談に紛らせてしまいたいように、逞しい腕の中に私を抱きこむ。

「 嘘じゃありません……だから …」

(敦賀さんに、触らせて…――――――――――――)

言うと、彼はどんどん、苦しそうな貌になった。

「 お願いだ…――――――――――そんな事は言わないでくれ……」

喘ぐように、乞うように、彼らしくなく、弱く呟く。

「 ………敦賀さんと、セックス、したいんです 」

ふいに私は、彼の様子に、信じられないくらいの嗜虐心を刺激されて、
手を伸ばして、彼に触れてしまった。
彼は、既に、熱く昂ぶっていた。


「 最上さ……―――――――――」


あわてたように、遠慮がちに、私の手首を掴んで、
柔らかくおしのけようとするのに、
目の前の乳首に吸い付いて、動揺を誘う。
びくり、と、彼の体が跳ねた。

「 もう、その名前じゃ、ありません……キョーコ、です…」

どうしたらいいのか、わからないまま、布の上から彼を掴むと、
彼は大きく胸を喘がせて、唇をかみしめて……。
ゆっくりと、夜の帝王を、美貌のうちに浮かべた。

かれは、試すように、口の中でキョーコ…とちいさく言って、
慣れない呼び方に恥らうように、ちょっと頬を染めた。

「 ……それ以上したら、止めて上げられなくなるよ 」

声音だけは……そっけなく、かたく。

「 ……止めなくて、いいです。」

慎重すぎて、やさしすぎます。
私が、どんなに、今の敦賀さんに……か、わからないなんて。

彼は、一つ何かを思い切るように瞬きをして、ゆっくり体を起こすと、
私の腕を取って、ひきよせた。

「 後悔しても……遅いからね… 俺は、本当言って、Mっ気は、ないんだから…」

言葉とは裏腹に、やさしい目が、私を熱く見つめる。
彼の、くちづけを受けて、抱き込まれながら、
私は、ゆっくりと、ベッドの上に、引き倒された。


***


壊れ物に触れるような愛撫が繰り返されて、思い切り喘がされ、
何度か絶頂に追いやられたあと、
時間をかけて、敦賀さんが私に入ってきた。
執拗に、慣らすように、根気良く。

そして、ゆるやかで小刻みな抽送をくりかえされるうちに、
私はいつか味わった、はじめての官能を身内に蘇らせていた。
自分でも思いがけないことに、20代になって、私の体は、
まだあちらこちらが未成熟ながらも、自然に男性を受け入れることのできる、
大人の女性への成長を遂げていた。
自分で、コントロール出来ない快楽に、おもうさま、乱れてしまう。

「 き…きらいに、ならないで……くださ…―――――――」

敦賀さんの愛撫に、息も絶え絶えになって、腰を淫らに振ってしまう自分を、
ひどく浅ましく感じて、私は彼に哀願した。

「 なるもんか………――――――― 」

( ずっと、ずっと、待ったんだよ… )

( 君が…大人になるのを… )

( やっとだ…  やっと―――――――――――――――――― )

彼は、嬉々として、私を貪った。
長かったよ……と、笑った。

「 ……むしろ…… これからだから―――――――――――――――― 」

( もっと…もっと、乱れて…めちゃくちゃに、俺を求めて…)

「 俺が、君に狂ってしまったと同じくらいには…… 」

激しく揺さぶられて、かき口説かれて、私はあられもない声をあげながら、
敦賀さんの名を呼びながら、縋り付いた。

「 ……敦賀、じゃないよ…… 」

さっきのおかえしみたいに、彼が笑う。

( …言ってご覧、俺の、本当の名前を……君だけが、呼ぶ…俺の、本当の名前を )

舌で、唇をなぞる様に舐めながら、私を抱き締めて、彼はいっそう抽送をきつくした。
お互いの声も、吐く息も、毒のように甘かった………。


「 俺の名前を呼びながら…いくんだよ…――――― キョーコ……――」


「 ……ア、…あ―――――っ… あ…、 ああ………―――――」


遠い日に、呼んでいた名を、正しい……よびかたで。


( ……………コーン――――― )


「 …… 久遠、………やっ――――― 」


( いく… もう、いっちゃう………いや―――――)


「 ……もっと呼んで……キョーコ、もっと、……もっと……―――――」


せがまれるまま、彼の名前を繰り返して、愛してる、と叫びながら…
私は…押し上げられ…

せりあがり……。

そして……ゆっくりと、堕ちた………。

……とても、幸せな……満ち足りた、気持ちで。


私達は、荒い息をついて、抱き合ったまま、見詰め合って、微笑みあった。
今は、遠い日になった…一度目のあやまちを、今夜、本当に…乗り越えて。


「 愛してるよ…」


彼は、言う。


「 愛してます…」


私は、彼に応える。



――――――――― これが、私達の……初夜。



そして、ここより永久に…。




(了)



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