無限抱擁10ここより永久に…
■蓮視点
「……アメリカ……?」
思いがけない最上さんの登場と告白に感動して、深まる気持ちに戸惑っていると、
あの子は隣に座ったままちょっと首をかしげるようにして社長からアメリカ行きを打診されていると言った。
一瞬頭が真っ白になる。
あの人は、一体何を考えているのか。
「…演技の勉強に……あちらに社長さんのお知り合いの、良い先生がいらっしゃるそうなんです。
いまはあちらの現役の役者さんらしいんですけど、昔、日本の俳優さんだった方そうで…」
――――――――――――あの人は、一体何を考えているのか。
「…敦賀さん――――――――――――――」
彼女の目が、真剣に俺を見る。ひたむきな、真摯な目。
「私、まだ全然、私を作れていないんです。このままだと、何か違う気がするんです。私が私を作っていくのに、
演技の勉強が必要で……」
(あなたに追いついて…――――対等の演技者として本気でぶつかってみたい…)
雄弁な、熱い目。この子にこんな目をされて、どうして俺が拒めるだろう…。
…本当ならここは是が非でも拒みたいところなんだが…。
日本とアメリカ(しかもおそらくは 『彼』 のところ……)
遠く隔たってしまう胸の痛みはそのままに。
「……会いに行くよ…」
―――――――そうだ、むしろ日本にいるよりもその方が…と思って、
俺は社長の思惑(の一端…、おそらく)にまんまと乗せられたような気がした。
言うと、ぱぁっと微笑がはじける。
条件反射で無表情になる自分を感じて、俺は苦笑した。
心のロックはこれから少しづつ外していけばいいだろう、この子が傍にいれば…俺はもうなにも怖くない。
あの子の男心をまともに抉る笑顔を見て、ふとさっきスタンプ帳を見せてもらった時に気付いた名前が蘇った。
「君……――――、最上さん……」
スタンプ帳の1ページ、不破の名前と100点のスタンプ。
ずい、と彼女の方に向き直ると、彼女は上目遣いでわずかに体をひいた。
不穏な気配を感じたらしい。
「………これは一体、どういうこと?」
にっこり笑って件のページを突きつけると、
ピキョ、という効果音が聞こえそうな感じでかたまった。
「………今、『目ざとい男ね』って思ったろ…?」
笑顔を崩さずそういうと、彼女の目が泳いだ。
「イエ…――――――――別に………っ」
100点のスタンプのその下に、不破の署名。 その横には。
『 愛してやるぜよ 』 の殴り書き。
「…一体どういう了見でこんなメッセージをもらうことになったのかな?」
「イエ… それはもうほんとにヤツのイヤガラセとしか……っ」
ぐいぐいと覗き込むと、どんどんうつむいていく。
怪しい…。絶対無意識にこの男誑しな笑顔を使ったに違いない。
――――――――ふいに、彼女はちらりとこちらを見て…
頬を緩めて、笑い出した。
「ほんとうに、敦賀さんて――――――――――――――」
(思ったよりも全然可愛いところだらけなんですね…)
囁きは、はじめてあの子から返されたくちづけの下に吸い込まれていった。
大切にしよう、腕の中のこの存在を。
からからに乾いた俺の横暴を、小さな体で受け止めて、抱き返してくれたこの存在を。
この子がこの子を作っていく世界に一番近くによりそう俺として。
俺が俺を作っていく世界に、一番近くによりそうのはこの子でしかあり得ないから。
ふたりで、二人を作っていこう。 二人だけの…かけがえのない関係を。
ただし、この瞬間も…
少しだけよこしまな気持ちがあることは、永遠のヒミツだ。