無限抱擁06■松視点


新曲のプロモ撮りを終えてショーコさんを目で探す。
普段なら撮りが終わり次第タオルやら飲み物やら持って近づいてくるはずなのに、ぱっと目に付いたトコに姿がねー。

(…?)

仕方がねーので先に楽屋に帰るかとスタジオから出ると、かすかに声がした。

「…とにかく、そのことは尚の耳にはいれないで頂戴、頼んだわよ」

………。
祥子サンと一緒にいるアイツは、クィーンレコードの高林っち(俺様担当プロモーションコーディネータ)の
子飼いじゃねーか。ナンだ?

「はー、まぁ所詮噂っすから、そんなムキになることもないと思うんですけどね…」

「…いいから、頼んだわよ」

言い捨てて、カツカツという足音も高らかにコッチに来るのを、なんとなく階段の踊り場に隠れてやりすごす。
俺に秘密たー、ナンかちょっと穏やかでないんでないの。
俺は祥子さんが楽屋の方に姿を消すのを確かめて、そっと子飼い君の方を追った。

「ちょっとアンタ」

釈然としない顔でスタジオに戻ろうとしていた子飼い君に声をかける。

「ナンか面白そうな話題?」


***


(いや…なんつか面白いって程じゃ…)

じりじりと後ずさる子飼い君にいくらか握らせて聞き出したところによると…。

(俺、ちょっとフリーのカメラ小僧君たちと仲良いんすけど、敦賀蓮とホラ、尚君のプロモに出たことある
新人のあの子が今ちょっと熱いかもって話が出てるってだけすよ、ほんと)

キョーコ。

(LMEがゴシップをひそかに握りつぶしたとか。ソレ撮ったフリー屋さんがまだ素人君で
仁義にウトくて話だけが流出したとかしないとか)

なにやってんだオマエ。

(まぁ、LME相手に正面切ってケンカ売るようなマネ大抵のトコはやらないと思いますけど。
でも、したらその新人ちゃんが姿を消しちゃったっていうんすよ、
オモテムキ休養ってことになってるみたいですけどね…ちょと不穏でしょ?)

どういうことだよ、何があったよ。
なんつか、いてもたってもいられねー感じでおちつかなくて、とりあえずいっぺん会うか、と思ったが、
それでキョーコの連絡先のひとつもしらねー自分に気付いてなんか愕然とした。

あの時、あの場所でキョーコにクギを刺しただけで、具体的に対策の手段を講じておかなかったことを
歯噛みしたいような気分だった。
正直、俺はヌルかった。

祥子サンに車で家に送ってもらってる間も、田舎を出るとき自らに禁じた貧乏ゆすりが止まらない。
このまんまの心境じゃ貧乏ゆすりが光速を越える日も遠くねえ。 勘弁しろよ。

「…尚?」

俺の様子がおかしいことをとっくに察知している祥子さんは機嫌をうかがうようにミラー越しに俺を見た。
…キョーコの消息、アタるとしたらあの野郎しかいねえじゃねえか。糞忌々しい。

(場合によっちゃブッ殺す準備を怠りなくだぜ)


***


軽井沢の一件でケータイ番号を聞いておいた百瀬とかいう女優に、奴のドラマ撮りスケジュールを聞き出すと
丁度2日後に富士テレビでバッティングできそーだった。

『…私も、キョーコちゃんのことはなにも聞いていないんです…』

百瀬という女優は、すまなさそうに言った。
俺がキョーコのケータイ番号を知らないのをすごく驚き、やや不審にも感じたらしい。
携帯番号は本人から、というポリシーを持っているらしく、それだけは俺に教えてくれることはなかった。
随分きちんとしたお嬢ちゃんじゃねーか、と少し見直すような気持ちになった。
あの野郎とのことをそれとなく聞いてみると、やや口をにごした。
もう少し突っ込むと、最近二人でいる時間が微妙な違和感を覚えるくらいは長かった、というようなことを言った。
してみると、現場ではそれなりに人の口にのぼるような状態だったんだろう。
あのアホキョーコはそんなこと夢にも気付いちゃいなかっただろうと思うと腹立たしさもひとしおだ。
そして、あの野郎はぜってー周囲のそんな空気に気がつかねえタイプじゃねーから…。

(わざとやってたってことかよ、やってくれるじゃねーか)

『キョーコちゃんのこと、何かわかったら私にも知らせて下さいね…』

それが、敦賀蓮とのドラマ撮りのスケジュールを俺に流した理由か…と気付いた。
現場には現場なりの怨憎…ちがった、チョクでは聞けない微妙な空気があんだろうな。
まぁ、キョーコにそう吹き込まれたんだろうが、俺とキョーコが幼馴染だということに納得していて、
キョーコの身を案じているとだけ思っていて、俺と敦賀蓮の確執には気付いていないんだろう。
あの場にいた割に鈍い女だが、あのメルヘンなキョーコとタメはれるのはそのくらいの女でないと無理なのかもしれない。

(キョーコおまえ、すげえ人騒がせ)

ますます会って、ひとことくらいは言ってやらないと気がすまなかった。
一体どこにいやがる。
ちゃんと無事でいるのかよ。
泣いたりしてねーよな。
何があったか…なんて――――――――――――――――。

(………―――――)

それはほどなくあきらかにしてやるから。


***


対決の日は、見事なくらいの晴天だった。
気分的には一天にわかに掻き曇り…的な不穏を期待していたわけだが。
祥子サンを誤魔化して早めに局入りしてしまい、奴の控え室前で張り込む。
ほどなく奴はマネージャーを伴ってやってきた。

俺に気付くと、足を止める。
マネージャーがそれに気付いてこちらを見、同じように足をとめた。

「……よぉ」

「…きみ、不破君…――――なんで」

マネージャーが俺と野郎の間にさりげなく割って入るのを、野郎自身がすっと止めた。

「ちょっと話あんだけど…ツラかしてくんね?」

「蓮はこのあとすぐ入りだから、悪いけど時間はとれないよ」

「…社さん……」

マネージャの肩に手をかけて、少しかぶりをふると、奴は、静かに俺に顎をしゃくった。

「…人目があるところでできる話じゃないだろう……中で話そう」

自分に割り当てられた控え室に入っていく。
奴と2、3言葉を交わしたマネージャーはやや気遣わしそうに俺を見て、ためらいながらも外に出て行った。
舌打ちしながら奴に続くと、奴は部屋の中で荷物を降ろし、上着を脱いでハンガーにかけていた。
その嫌味なほど余裕のある仕草。
同性ながら、Tシャツの下の完成された肉体やら腰位置の高い完璧なプロポーションにムカつく。
俺だってあと少しフケりゃこのくらいのタッパにゃ…と思いかけ、
今の時点で負けているような発言は撤回だとあわてて思い返した。

「…で、話って…?」

向こうから話をふってくる。上等だ。

「…あんた、キョーコをどうしたよ、アイツは今ドコにいるんだ」

この煮えるはらわたをどうしてくれよう。
この鉛を呑んだような不安をどうしてくれよう。

「…なぜ、俺に……――――?」

奴は用意されていた椅子にどっかり腰をおろして、俺にも座る事をすすめた。
無視して立ったまま、腕を組んで上から見下ろす。

「スッとぼけんじゃねーよ、良い感じに噂になってんじゃねーか、それにアンタ」

思い切り嘲るように目を眇めてやる。

「俺の挑戦状うけとってくれたんじゃなかったかよ?」

奴はつと一瞬目をふせ…―――――顔をあげて正面から俺を見た。
目で人が殺せるなら殺したいと思う目。
そいつはしかしこちとら同様だ。

「ああ…――――」

歯の間から搾り出すような声。その強い目の光がふいにゆらいだ。

(………?)

ふうっと表情が沈んでいくのとひきかえに、なにかしら邪悪で淫靡なものが浮かんでくる。
意味もわからずザワッと全身に鳥肌がたった。

「…てめ……――――?」

体が先に認識した。キョーコとコイツのつながりを。
男として…こいつは、もう既に。

「受け取ってしまったばっかりに…随分狂わされたよ……」

地獄のような苦笑。
キョーコが、こいつと。
嫌な予感としても、まさかこれほどとは。しかし考えてみれば確かに俺は危ぶんでいたのだ。
体が勝手に動いて、奴の襟首を掴んでいた。奴の目は真っ黒けの深淵をたたえたまま、
俺を嘲るような、許しを請うかのような、なんとも判じがたい色を浮かべて俺をねめつけた。
思わず力任せに殴っていた………腹を。
ツラにぶちこめねー自分の気ぃ使いい加減が自分で嫌になった。

(敦賀さんになんかしたら絶対許さないから…!!)

いつかのキョーコの言葉が蘇る。

(たって、おまえ…んなことされても、まだコイツのことそんなふうに言えるのかよ…っ)

奴は俺の鉄拳を甘んじて受け、椅子から転がり落ちた。
むせて、咳き込んでいる。怒りが止まらない。

「ざけんなよてめえ、なにやったんだよ、ナンだよそれ、マジかっつーの」

ほとんど地団駄を踏むような勢いで、奴の襟首をつかんで揺さぶる。
キョーコ。
涙が出そうだ。

「なんでだよ、惚れた女だろうが、何でそんな事ができるよ、なんでだ」

惚れてたのに。キョーコだってオマエに。
惚れた男にそんなことされてあのメルヘンなキョーコがどんなことになったか。

(ショーちゃん)

脳裏に、俺だけをみていたころのキョーコが鮮やかに蘇る。
満面の微笑でおれだけ見てたあの頃の、少女少女したキョーコ。
俺のせいか。
俺があいつをこんな世界に呼び込んで、こいつと引き合わせて、そんで。

「君が…うらやましいな…―――――」

野郎は擦れた声でぽつりとつぶやいた。

「本来…あの子をいいようにふりまわすだけふりまわして、
利用するだけしつくしてゴミくずみたいに捨てた君に何を言われる筋合いもない…
だけど、あの子の中で…」

憎悪がにじんでいる。

「幼い頃からずっと心を占めていた存在として、そうやってまっとうな心で正統な権利をふりかざす君を見ると、
自分がいかに姑息な手段でしか攻められなかったか気付かされて…不愉快だ。」

「俺の堰を面白半分で切ってくれたこと、そのせいであの子が被った災難をぜんぶ話して聞かせようか、
それでも君は、そんなふうに…」

「うるせえ」

怒髪天をつくとはこのことだ。
俺は手を離して、むちゃくちゃに奴の体めがけて蹴りを放った。
目の前が赤くにじんで脳の血管が切れそうだ。

おれだってなぁっ

わかってるよ、自分がどんだけあいつにヒデーことしてきたかって。

今更手のひら返すよーなことすんなって言いてー気持ちだってわかるさ、
おれだってオマエの立場だったらそう言う。
でもそれとおまえがキョーコにしたことは、違うだろそれって。
それだけはダメだろって。
やっちゃだめだろ、男として。

(ダメだと思う余裕もないくらいに…――――――――――――――――――)

ぴくん、と体がふるえた。

(死ぬほど後悔することがわかっていながらもそうせずにはいられなくて…――――)

傷つけて、泣かせて、苦しませて、それでも。

手に入れずにはいられないほどの………強い、つよい…キョーコへの。
エゴイズムだとしても。身勝手な思い…だとしても。
間違いだとしてさえ。

どこまでが俺で、どこまでが奴で。

気がつくと肩で息をしていた。
奴は全く抵抗せず、唇のはたから唾液だか胃液だかわからないものを滴らせて、転がっていた。
久しぶりにキレた。こんなふうに。

おかしい…と気付いたのはその時だった。
こいつはビーグルの変態とは違う、ガタイの違いからもその気になれば俺のことを
返り討ちにするのは可能なはずだし、
こんなふうに騒いでたら、あのマネージャーあたりが乱入してきてもよさそうなものだ。
俺がつと頭をめぐらせたのに気付いた奴は、静かに言った。

「心配しなくても…ここには誰もこない」

(………)

「てめえなぁ…っ」

ムカつきは止まらない。

「人を懺悔の道具にすんじゃねえよ…っ」

何がどうというわけもなく漠然と歯がたたない気持ちになる。
キョーコは自分でも気がつかねーうちに自然にコイツに惹かれていた、
期が熟すまでそれが育っていたら、俺なんか本当は太刀打ちできなかったはずなんだろう。

野郎が軽く呻いて身を起こし、ふところから折りたたんだ紙を出した。
無造作にこっちに振ってみせる。
ひったくって、広げると、住所が記されていた。
いぶかしく思ってあいつを見ると…

「……あの子の…居場所…―――――」

痛そうに髪をかきあげて奴は吐息をもらした。
俺は思わず紙に目を落とした。

「…どうして……」

つぶやくと、野郎が苦笑する。

「…あの子があんまりやさしいから……――――」

ふっと何かを思い出すような遠い目で。
慈しみに満ちた、多分この男本来のキョーコへの思いを目の当たりに。

「これ以上のズルはしにくくなった…」

そのまま、話は終わりだというように、立ち上がった。

「行ってくれ、もう二度と…君には会いたくない」

お互い様だ。
俺は何故とはない敗北感を抱きながら、部屋を後にした。
俺の鬼のような攻撃の後ですんなり立ち上がった奴のおそるべきスタミナ。
相当場数をふんでやがる…。
なにもかも、俺は奴に敵わねーんだろうか…キョーコ。

俺はもう間に合わないんだろうか?キョーコ。

会いに行こう。
俺の大事な…幼馴染に。
そこから出て、新しく出会う余地があるのか、確かめに。


inserted by FC2 system