■姫と下僕の物語01
<邂逅篇>


■ 三人称 時代物パラレル話(新開監督の新作映画設定)
<邂逅篇>



「おまえ、どうしたの?」

その時、自分がどういう経緯でそこに行き倒れるはめになったか、蓮は覚えていない。
生まれたところは瀬戸内に程近い漁村で、とても貧しく、兄弟だけは多かった。
一度も満足に空腹を満たしたことがなく、朧な記憶の両親の顔はいつも薄汚れて暗く沈んでいた。
だから……捨てられたのだろうと思う。
それが我が子を捨てても生き延びるための涙をのんだ苦肉の策としてか、
犬猫を捨てるようになんの感情もなく行われたのかは知る由もない。
…暗い穴ぼこのような両親の目を思い出すと、己を捨てる事に躊躇いがあったとも思えなかった。
生まれて未だ10年足らず…。やせこけた、貧相な少年は、視界に映る夕映えの海を見ながら、
そっと眼を閉じた。

海が見える丘で、ゆっくりと死んでいこうとしていた蓮の耳に、
甲高いこどもの声が聞こえたのはその時だった。

「なんでそんなとこでねてるの」

寄って来て、頭の傍にしゃがみこむ…裕福そうな身なりのこども。
血色のいい頬の色も、身奇麗なようすも、蓮にははじめて目にする類の人種だった。

こどもは手を伸ばして蓮の髪を掴んだ。
思いきりひっぱられて思わず呻く。

「ああよかった、いきてるね」

にっこりと笑う。
少年振りに装っていたため、蓮にはいくらか年下の男の子かと思われていたのだが、
その、いかにも安心したかのように浮かべた柔らかい笑顔は、少女のものだった。

「………京子、どうした 何をしとる」

下生えを掻き分けて、のっそりあらわれた巨躯が野太い声をかけた。

「とうさま」

京子と呼ばれたこどもが嬉しそうにぴょんと飛び上がる。

父親らしい大男に駆け寄り、抱き上げられる。 娘と、父親。
その、自分には与えられる事のなかった親子の自然な情愛をまのあたりに、蓮の胸が軋んだ。

幼子は蓮のほうを指差し、父親に何事かを囁いた。甘えるようなしぐさ。
父親は娘を下ろし、うさんくさそうに蓮を見遣り、眉をひそめた。
大きな体が近付き、蓮の後ろ首を猫の子のように掴み上げる。

「………きたねえガキだなあ……」

鼻白むように眺めて、足元にまとわりつく娘をふりかえる。

「……京子、もっと良いのを買ってやるからこんなもんは捨てとけ」

そのまま、崖下に放り投げようとする気配を察して、蓮は残っていた力を振り絞り、男の腕にしがみついた。
京子と呼ばれた娘も、駄目、駄目、それじゃなきゃ嫌、と父親に纏わりついいている。

男は意外そうに蓮を覗き込んだ。

「………死にぞこないが」

うっそりと笑う。
蓮は、自分でもよくわからない憎悪に駆り立てられて男を睨んだ。

足元でぎゃあぎゃあ喚く娘と蓮を交互に見遣り、男は蓮に言った。

「俺の娘がお前を欲しいそうだ。ちょうどそろそろ身の回りを警護させるもんをつけようかと
思ってたとこでな。随分安上がりになっちまうが、しっかり仕えるなら拾ってやるがどうだ」

ゆっくりと目を落とすと、娘は父親の足に隠れて、期待に満ちた目で蓮を見つめていた。

状況がよくわからないまま、茫洋とうなづく。
男は笑った。

「ようし、おまえは今日から村上水軍の一の娘、京子の守役だ。役にたたなんだら直ぐに
海に叩っ込んで鱶の餌にしてやるからな、せいぜい励めよ」

まあ、もっとも水軍などと洒落たところで実状は瀬戸内に根を張る海賊に過ぎんのだがな…と、
男は呵々大笑した。

もう一度、蓮は男の足元の幼子に目を遣った。
どうやら自分はこのこどもに助けられたらしい。
大きな瞳、真摯に好奇心を漲らせて自分を見る…。


運命の恋の、それがはじまりだった。



***



首領の腹心とでもいうような、人相の悪い片目の男に預けられた蓮は、
成長期のこどもらしく、数日後には自由に動き回れるくらいに回復した。
京子は毎日片目男の小屋を訪ねてくる。
はじめて自分の手下をもらったことが嬉しくてならないらしい。
幼子は、こっそりとくすねてきたと思しき菓子を蓮に突き出した。

「 これね、うまいよ、あまいから。 おたべ  」

自分の主人らしい幼子がにこにこと満面の笑みを浮かべているのを見ると、
蓮の心中にほの暗い影が差す。
無邪気に差し出された、いままで見たこともない食べ物を、
叩き落して踏みにじってしまいたくなる。

暗い怒りを抱えてじっと幼子を見ていると、そんな自分を見ている視線を感じた。
そっと振り向くと、片目の男が眼を眇めて蓮を見つめていた。


( 迂闊なことをしたら、殺されてしまうかもしれない… )


あわてて、有難うと言って、菓子を受け取る。


「 有難う御座います、だ。 この木瓜が。」


木切れが飛んできて、蓮の額にあたった。


***


翌日蓮は、水軍一党のたまり場に引っぱり出された。
海を臨むはろばろとした高台の。男たちは昼間から酒を喰らっては気炎を吹き上げていた。

荒くれ者の集団………。

いままで見たことのない世界に、見たことのない風体の男たち。
さびれた漁村には、こんな血の熱そうな男は誰もいなかった。
去勢されたような、腑抜けた父親の、痩せた背中を思い出す。


( ……こわい…… )


蓮は、片目の男に腕を掴まれると、居並ぶ屈強な男たちの前に引き出され、突き飛ばされた。


「 姫さまが拾った小僧だ。姫様づきのお小姓になるらしい、可愛がってやれ」


男たちの間から野卑な笑いがどっと湧く。
太い手があちらこちらから伸びてきて、蓮をもみくちゃにした。

「 蓮だあ?……野郎に花の名前かよ、ちんこついてんのかぁ? 」

まさぐられて、悲鳴をもらすと、粗野な嘲笑に包まれる。

「しかしこりゃあまた随分小綺麗な面ぁしくさった餓鬼だなあ、公家にでも売ったらどうでえ、おかしら、
きっと高く売れますぜ」


「そんなのダメッ」


首領の膝にてんと座り込んで京子は恐れ気もなく男たちに向かってぷりぷりと怒って見せた。
身をすくませている自分とはまったく違う、胆の据わったこどもにはじめてそうと明確に劣等感を抱く。
京子は、そんな少年の心根に気付くことなく、首領の膝を飛び降りると、蓮の方に駆けてきた。

なんのてらいもなく、なんの警戒心もなく、なんの邪気もなく、純粋な好意のかたまりのように
自分に抱きついてくるこども。

抱きつけば、抱き返してもらえるとしか思わないこども。
それしかしらない、幸運なこども。

………自分を慕ってくるこどもを、思わず、蓮はつきとばした。

京子が砂浜に転ぶ。きょとんとした顔で、少年を見上げて。

その瞬間………。

場の空気が変わった。

陽気に笑いさざめいていた一党の目から、笑みが掻き消える。

蓮は、その瞬間、自分の失態に気付いた。

八方から飛んでくる視線に、しんから脅かされて、体が竦む。
上目遣いに、そうっと首領の方を伺うと、彼だけは片頬をゆがめて嗤っていた。


***


蓮は、男たちに抱えられて、船に運ばれると、そのまま海に叩き込まれた。
なにか叫びたくても、凍りついた喉からは擦れた息しか漏らせない。
水面で全身を打って、酷く痛んだ。
少年が水中に没すると、頭上で海賊たちがいっせいにはやし立てて嘲笑う。
よく見れば、物見高く見物しているなかには自分と年格好の似た少年たちもまじっていた。
漁村に生まれたといっても、舟さえ持てない貧しい家に生まれた彼は、
足のつかないこれほど深い水に接したことがなかった。
口を開くと、塩辛い水がガボリと入ってきた。喉をふさいで息ができない。
手足を必死に動かして、もがけばもがくほど、沈んでいく。

もう駄目だ、と蓮は思った。水底から水面を見上げて、ゆらめく日の光を見る。
掻き分けても、手にふれるものはなにもない。
鼻から、口から、ごぼごぼと入ってくるものにふさがれて…少年はゆっくりと意識を失おうとしていた。
力がぬけていく。

その時ふと、後ろから、小さな手が自分を引き寄せるのを感じて、彼は意識を手放した。


***


胸に強い衝撃を感じた。

( いたい―――――――― )

何度も襲ってくるそれを避けようと身をよじった時、胃の腑から熱い塊があがって来…蓮は
しこたま飲んだ海水をゴボリと吐き出して咳込んだ。

息が苦しい。一瞬、水の中の方がマシだったのではないかと思った。

「 だいじょうぶ? 」

幼い声。全身砂まみれになりながら、涙をたたえて声のした方を振り仰ぐと、
京子が自分に跨ったまま、覗き込んでいた。

( ……… )

状況がよくのみこめない。

「 お礼を、言え 」

京子は大きく腕を組み、偉そうに胸をそらした。

「 おまえが……俺を―――――――?」

「 海の子が、そんなにおおきいのに泳げないのはみっともないね 」

クスクスと笑う。

「 あたしなんか、3つのときには、泳げたよ」

自慢そうに言い、蓮を見つめて、うかがうような顔色になる。

「 でも、あたしも1回溺れたことあるの。あれは苦しいね。とうさまが助けてくれたの。
胸たたいて、水出すの。そんで口から空気入れる、したら、飲んだ水出るから。出たら、もうだいじょうぶよ」

そのまま、蓮の上に、ぺたりと身を伏せる。ああ、つかれたよー、と唇を尖らせる。

「 溺れたら、暴れたら駄目。静かに水にたゆたうの、でないと助けにくかった」

…少女は、首領の娘というだけで、荒くれ男どもから無条件に可愛がられているわけではないかもしれない…。
齢5、6歳にして、海に溺れた年上の少年を、助け上げる術を持つ娘。
蓮は、まだ少しぼんやりする頭で、しかしあらためて見直すような気持ちで目の前の少女を見た。
自分とはまるで違う環境に育ってきて、おそらく自分よりも広い世界を持つこども。

俺は、この子に助けられなければ、いま、ここにいない。

水の中をどこまでも沈んでいく…あの恐怖から。
この子が、救い上げたのだとしたら。

「  ……… 有難う……御座います 」

蓮は、素直につぶやいた。
京子は、上気した頬をふくらませて自慢そうにわらって、言った。


「 手下助けるのは、親分の仕事なのよ 」



***



京子への敬意を取得してから、海賊内での蓮の扱いはおおむね良好なものになった。
寝食をともにしている片目の男からは、京子付きの一の手下として、彼女の守護者となるべく武芸一般をならい、
事毎に、同じ年頃の少年たちと船の扱い、積荷の扱い、略奪の作法……水軍としての兵法についてまでを学び………… 

幾年月。

気付けば蓮は頭だつ若者らの間で一の手練れになっていた。

少年のか細かった肉体は、よく鍛えられたしなやかな筋肉に覆われて、
海賊らしい粗野な仕種は生来の美貌に野性味を加え。

そして、彼の行くところには必ず、京子の姿があった。

春には草原で、夏には海で、秋には山で、冬は里内で――――――。

ふたりは、まるで仲の良い兄弟のように、いつも寄り添っていた。

京子が花を摘んで、蓮を飾る。蓮は、京子以外には決して赦さないそれを受け入れて笑う。
蓮は秋の日の、木の上の実りを摘んで、京子に差し出す。
京子は、甘えるように唇をひらき、蓮の指ごと、甘いそれを口に含む。

雪に戯れて、海に遊んで。


「 …おかしら、よろしいので 」

ふたりのようすを尻目に、片目の男が、首領に問いかけた。

「 ……なにがだ 」

「 姫さまと、蓮のことです。」

…いつまでもこどもではおりません。あれも年頃になってまいります。
姫様にふらちな思いを抱かぬうちにそろそろ遠ざけて、姫様には女軍の誰かをつけるなり…。

「 あれがきくと思うか?」

父親には、少しだけ、かつて幼子の我侭を効いた事を悔いる気持ちがあった。
それと同時に、たとえばあの子らが、そうと割り切れるのであれば、
お互いをまさぐりあう関係になるまでは許す用意もあった。

ただ……。

他が眼に入らなくなるようでは困る。
京子には、水軍の長の娘としての役割があるのだ。


***


そして、その日は、いささか遅まきに、しかし唐突にやってきた。
蓮は18歳、京子は、14歳。
うだるような暑い夏の日、京子は蓮を伴って、海で素潜りを楽しんだ。
袖を落とした、どこか古代めいた着物を身に纏う少年ぶりの装いはこどもの頃から変わる事なく…。

「そろそろあがろうか」

京子は忠実に付き従う蓮に、水底からの戦利品を押し付けて、さっさと岩場にあがった。
裾の水を絞り、腰をかけて、蓮を待つ。随分伸びた髪を掻き揚げて。
続いて海からあがった蓮は、その京子の姿を見、なぜとはない衝撃にぎくりと固まった。

濡れた黒髪…。
肌にはりついた着衣。
こどものころから変わることはないと思い込んでいたその姿が、いつのまにか。

濡れた着衣をうっすら押し上げる小さな二つの膨らみと、白い衣をはっきり透かせる桜色の突起。

短く切った下衣からのびるしなやかな足。

全身が濡れそぼっているせいか、その姿は妙になまめかしく。

自分が受けている衝撃の意味もわからず、京子を見つめたまま、
のまれたように立ち尽くしていると、赤い唇に名を呼ばれて、
蓮は手にしていたものを全て海にとり落とした。

なにをやってる、という少女の笑い声。
正面から近寄ってくる華奢な体。
髪から滴った水滴が顎先を伝って、大きくあいた胸元に落ちた。

はじめての衝動。

股間をつきあげる熱。

男どうしの粗野な世界で話だけは聞かされていた、女との。


「………蓮?」


京子の目が訝しそうにまたたいた。
ギクリ、と心臓が跳ねる。
いけない、と咄嗟に、蓮は海に飛び込んだ。


「………拾ってくる」


海の中から言い捨てて、後を見ず深く潜る。
そうして彼は、熱くたぎったものに不思議な気持ちでそっと触れ、掴みあげた。


***


いつ頃からだろう。蓮の自分を見る目に、執拗な熱を感じるようになったのは。
無邪気にその体に触る事を拒まれるようになったのは。
視線を感じて振り返ると、目を逸らしている蓮がいる。こっそりと、気付かなかったふりをすると、
蓮はまた盗み見るように自分を見つめ始める。居心地が悪くなりそうなほど、熱い目で。

不思議な高揚。

蓮の気持ちを確信したのは、父に伴われ初めて都に出かけた日の朝だった。
着慣れない貴族の姫の装束を着せられ、化粧を施されて、むっつりと見送りの手下たちの前に出た。
やんやと囃し立てるいまいましい父の手下どもの後ろに………。
大きく目を見開いて自分を見つめる蓮を見つけ。
目があった瞬間、彼が頬を染めて、唇を噛み締めて目をそらしたのを、驚くような思いでみつめた。

自分から目を逸らしたくせに、畏れるように、彼らしくなく、おどおどと、こちらを見て――――――。
…まるで、どうしても吸い寄せられてしまうとでもいうように……。
自分が彼を見ていると知るや、赤い顔のまま、喘ぐように身を翻し、出ていった――――――。

蓮の様子が何を意味しているのか、少女らしい勘で見抜くと、
京子は、胸が踊るような浮ついた気持ちになった。

それからは時折、わざと蓮っ葉にふるまってみたり、薄く紅をひいた顔で甘えてみたりして、蓮の反応を楽しんだ。
彼は、面白いように京子の手の内にあった……はずだった。


だから…


「蓮があんたに落ちたって?」


女軍の娘たちが水浴びをしながらそれぞれの男たちの噂話に興じているのを、
聞くとも無しに聞いていた京子は一瞬自分の耳を疑った。

蓮と寝た女は、自慢げに、声高に、床の中の蓮を語った。
彼がはじめてであったことや、どれだけ激しく求められたか、どんなからだで、
どれほど素晴らしく若さを発揮したかを。

京子は、胸がギリギリと引き絞られるような痛みに耐え兼ねて、耳をふさいでその場をあとにした。

自室に篭りきり、少し泣き…。
ついで、猛烈に腹をたてた。


蓮に対する淫靡な嫌がらせがエスカレートしはじめたのはまさにその日を境にしていた。


***


その日、京子は蓮の小屋に、あがりこんだ。
仲間内でもいずれひとかどの悪党に育つであろうと目されている蓮の空間は、いたって質素かつ、簡素だった。
ここに、おんなを連れ込んだのだろうか…。
京子は、ひっそりと憤懣を溜めて、自分のために冷たい足洗用の井戸水を用意する男を眺めた。

京子は、胸元をきっちりとじた娘ぶりの装束に身をつつんでいた。
蓮は、自分がこうした少女らしい姿をするのにひどく弱い、と知っていたからだ。

蓮は、黙ったまま、盥を横に置き、京子の前にひざまづいた。
それを確認して、少女も言葉を発せず、すそをたくし上げて白いふくらはぎを見せ付け、細い足を蓮に突きつけた。
大きな手が、足を受け、蓮は京子の足を丁寧に……丁寧すぎるぐらい、執拗に…持って来た布を使わず、
自分の手と指を使って濯いだ。

京子は、少し唇を噛んだ。
蓮の、落ち着いて見える様子が腹立たしい。

京子は、蓮の目の前で、何気なさそうに片方の膝を立てた。 ぴくり、と蓮の瞼が引きつる。
それで、少女は少し溜飲を下げた。
…彼女が蓮にこうした悪戯を仕掛けるようになって随分たつ。

蓮は、気付いていた。少女が自分にいかがわしげな振る舞いを見せるようになったのは、
彼が水軍の仲間である娘と一夜を共にしてからだ。
娘とは、共に若い獣らしくたぎった欲情をぶつけあったにすぎない。
本当に抱きたい相手は首領の娘で、目の前の自分の主人である。
だが、なんのはずみでかそれを知ったらしい京子は、それ以来こうして、残酷に自分を玩ぶようになった。
ひっそりと、怒りはふりつもりつつある。臨界点に達しそうなほど。

人の気も知らないで……。


「……………それは、どういうつもりだ」

蓮は、京子の足を掴んだまま、少女を見上げた。
よせ…とおしとどめる自分の声に従えないくらいに、鬱積した思い。

「 どういうって?」

高慢そうに顎をそびやかして、京子はさりげなく足をひこうとし…。
思いがけず強い力で掴まれたまま、きつい眼で睨まれて、少し臆した。


「おまえは随分俺をなぶってくれるが、やらせろと言ったらやらせてくれるのか」


はじめて、蓮が反抗した。ますます手に強い力が加わり、眼には底光りするような物騒さが点る。
京子は反抗した下僕に怒る事も忘れて、蓮をみつめた。

「………おまえなんかとっくに俺に―――――――」

蓮は京子の足首を強く引いて、土間から引きずり落とした。
とっさのことに、腰をかばうと、地面に落ちる前に蓮がつよく引き寄せ、抱きしめてきた。
そのままのしかかるようにして、息がふれあわんばかりの位置に顔をよせる。

「何度も頭の中でやられまくってるんだからな…」

(……知ってる、そんなこと)

少女は、蓮が突然見せた男の顔にそうと意識しないまま怯え、戸惑った。
蓮の目が伝えてきていたことを、言葉で、行動で明らかにされて、知っていたはずなのに、胸がふるえた。

「……………」

目の前に、蓮の美貌。
そう、身の回りにかまうことなく粗末な着物を纏い付けていても、蓬髪をひとくくりにした乱暴な様子をしていても、
蓮が実はとても綺麗な顔立ちをしていることなんか、京子はとっくに気付いていたし、
そんなことは水軍の娘たちにだって広く知れていた。
蓮のはじめてを共に寝たという配下の娘のあの自慢げな…。思い出すだけで胸が煮える。

おまえなんかあたしのものなのに。

あたしのことをずっと物欲しげに見ていたくせに。

あんな女と。

ふいに蓮が身じろぎをした。
蓮は京子を強くくるおしいほどに抱き締めた。
寄せられた頬から、蓮の唇が京子のそれを求めて這い上がる。


(他の女を抱いた手で)


今更あたしを……なんて


そんなこと、許さない。
絶対、許さない。


京子は山猫のように暴れて、蓮の顔を引っ掻いた。蓮が思わずひるんだところで、
立ち上がって、手じかにあった物を掴んで打ち据える。
蓮は、一時の激情が去ってしまったのか、少女の鞭をうなだれたまま甘んじて受けた。

「………他の女を吸ったくちであたしのこと触るなっ」

少女は肩で息をしながら、じだんだをふんで、掴んだものを蓮に向かってなげつけた。
その物言いにはっと顔をあげた蓮は………

少女が唇を噛み締めたまま、目のはしに涙をため、
小作りな人形めいた可愛らしい顔を赤くしているのに胸を痛めた。

拒絶とは別の拒絶。

「………」

思わず弁解しようと立ち上がりかけると、少女は 「ばかっ」と一声怒鳴って、駆け出していった。


***


その夜…京子は柔らかなしとねのなかで、蓮は粗末な小屋の中で。
二人は共に眠れない夜を過ごした。
子どもの頃から触れ合ってきたふたりが、異性としてはじめて触れたお互いの体温。
その甘さは毒のようで。


二人の様子の変化は、老獪な首領たちの眼にはすぐに知れることとなった。

体を繋げるだけではすまないだろうふたりのいたいけな若さは、彼らを不安にした。
そして、父親は………娘の婚姻を早めることを決定した。



 

 

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