■千夜一夜物語_パラレルエロ04


<王様羞恥プレイ篇>


媚薬の衝撃についに我を忘れて意識をとばしてしまったあと、
自分に何が起こったか、少女は正確には覚えていない。

気がつくと、朝だった。

ぬくもりを感じて、目をあけると、シェヘラザードの眼前には、王の整った美貌があった。
すやすやと、眠っている。
自分が王の腕の中で眠っていた、と知った瞬間、少女は恐慌をきたした。

体が酷くだるい。
そっと自分の体を見分した彼女は、思わず気が遠くなった。
体中に残る愛撫の跡……。
少女は、自分はとうとう乙女ではなくなったのだと、これで命はなくなるのだと、青ざめた。
自分を抱いたのが誰なのか、王ではありえないとしたら、こうして彼の腕の中にいるのは何故なのか、
考えれば考えるほど不安になり、思わず恐怖に身じろぎしてしまう。
その体のふるえに、つられたように、王がうっすらと目覚めた。

王は寝起きの曖昧な視線で腕の中の存在をみとめた。
正面から、ふたりの目が合う。
しばし見つめ合い、王のその目が侮蔑と嘲笑に歪むのを覚悟して身を竦めた彼女に、
王はふと、花のように笑った。

心臓を射抜かれたような衝撃に、シェヘラザードは大きく目を見開いた。
はじめて見る、王の破顔。彼がこんな表情を浮かべられるなどとは、思いもよらなかった。

王は、もう一度目を閉じ、ふと眉間をしかめると、シェヘラザードの体を離し、伸びをして大儀そうに起き上がった。
逞しくひきしまった上半身をさらし、腰に布をまきつけただけのしどけない姿で、膝をたてて長い髪をかきあげる。
シェヘラザードは、恋する王のその仕草に見とれながら、そっと夜着をひきよせて、体にまきつけた。

息をひそめるように緊張しているシェヘラザードに、ようやく意識の焦点の合ったらしい王がぶっきらぼうに呟く。

「…着替える」

(………え――――――――――――――)

「あと、飲み物をもて。喉が渇いた」

雑な仕草で髪を掻く姿をしばし呆然とみつめる少女ののみこみの悪さを
咎めるようにじろりと睨んだ王が、一瞬誰にもわからないように言いようの無い色を浮かべ、
そっと目を逸らす。

「早くしろ」

「か… かしこまりました」

はじかれたように衣を身にまきつけ、少女が褥のそとに出て行く。
それを横目で見送って………王の頬がうっすらと朱に染まった。


***


その日以来、王と、シェヘラザードの間に流れる空気がわずかに変化した。
王の物腰からは、あれほどあからさまだった、少女を嘲り、侮るような色が影をひそめた。

「…得意の物語とやら、語ってみろ」

王はシェヘラザードに物語る事を命じるようになった。
証立ての時間が減り、夜の時間が平和に長くなる。
はじめは戸惑ったシェヘラザードも、王の褥で物語を披露し、
身を横たえて頬杖をつきながらそれに耳を傾ける王の姿と接するうちに、
苦しめられていた衝撃から解放され、少しづつ彼女らしく少女らしい心を
とりもどしはじめていた。

だから、シェヘラザードはあの夜に自分の身になにがあったか、本当のことはわからないでいる。
どうやら、乙女のまま…ではあるらしい。
夜毎に繰り返される証立てから、賭けも続けられているようだ。
王の自分へのあたりがやわらかくなった理由も、話を聞きたがるようになった理由も。
なにもかもわからない、けれど。

少女は、いま、幸せだった。

恋しい王の傍で寝起きを共にし、身の回りのお世話をし、話をし、そうするうちに少しはほんのりと、
王が笑いかけてくれることさえある、毎日。

自分がどんどん王に囚われ、惹かれて、恋が愛に深まっていくのを感じて、少女はひっそりとその胸内を熱くした。


逆に、ひそかに煩悶しているのは王だった。
自らの死と引き換えにしても貞操を守ろうとした少女の強情さに感動し、見直すような気持ちになり、
あの夜自らが盛った媚薬をさますためにその手練手管を駆使して慰めた。

少女は、それまで決して王の目には見せなかった官能に溺れる姿をさらして、王に縋った。

あれほど嫌悪と侮蔑の対象だったはずの、快楽に溺れる女の姿が、
少女に限ってはただ自分の欲望を刺激する毒薬にしかならないことに、王は驚いた。
東屋で、自慰にふける少女を見たときに抱いた怒りの…理由。
自分の手の中ではけっして潤びない忌々しい女が、いま、腕の中でおもうさま喘ぎ…よがり。
甘い声をあげてねだるのに、夢中でこたえた。

薬のせいだ。

胸に染みる不可思議な痛み。
だから、俺にすがり付いてくるだけだ。
ではやはり、この女も同じではないか。
肉欲に溺れて、好きでもない…むしろ嫌っていると言った…男にこんな。
なのに。

シャーリアールさま、と何度も自分の名を呼び、切なく眉間を歪ませて、のけぞって喘ぐこの女を。

殺せなかった。

禁を破って、抱いてしまわないように自制するのが精一杯で、
そうして自分が自制させられていることにすらとまどいながら、王は少女を慰めつづけた。
それ以来、調子が悪い。

今夜もまた、興味深い少女の物語が見事な引きで閉じられた。
どうもこの娘にはある種の芝居気のようなものがあるらしい。
続きを所望しても、また明日…と優雅に微笑むのがにくらしく、手を引いて褥に引き倒す。

証の時間…。

シェヘラザードの顔が、その時ばかりは羞恥に染まり、伏せられる。
もうとっくに、この娘の体など、ほくろの数や位置さえも全て知り尽くしているのに。
それでもこの娘は恥じらいを捨てない。

(………これほど知っていながら………)

肝心な部分は知りようが無い。

(忌々しい………)

月のものは、今日も来ていない。


少女の体内から指をひきぬくと、彼女はつめていた息を静かに吐いた。
覆ってしまった顔から目だけでちらりと王を見る。
その壮絶ななやましさに、王はいつにない飢餓感を覚え、ふと気づいた。

(そうか………)

随分、していない。
シェヘラザードを迎えてから、少女を甚振るのが楽しくて、
自分の処理が間遠になっていたことに、彼はようやく気がついた。
彼には、彼のための美しい女奴隷が幾人も用意されている。
妃ではないため、それらの奴隷は契りのたびに殺される事はなく、
あてがわれた部屋で気まぐれに王に呼び出されるのを待っている。
わけても王のお気に入りは、シェヘラザードを迎えるまでは日中も身の回りの世話をさせていた、
外国からの献上品である双子の娘たちだった。

(…使うのを忘れていたのか、俺が )

妙に馬鹿馬鹿しく、不愉快で…なぜか気恥ずかしいような気持ち。

王は、シェヘラザードを褥においたまま、枕もとに手を伸ばして瀟洒な鈴をふった。
それだけで、ほどなく、どこにひかえていたのか、いつかの美しい女奴隷がふたり、現れた。
シェヘラザードは、あとは眠るだけ、というこんな刻限に、女奴隷を呼ぶ王に、
なにがなし不穏なものを感じて押し黙る。

王は、脚を投げ出したまま半身を起こしてシェヘラザードをひきよせ、腕に抱きこむと、髪にくちづけた。
そのまま、奴隷たちに手をふる。
娘たちは恭しく額づくと、静かに褥の上にあがり、王の足元にふした。


(  え――――――――――――――― )


王が、うろたえるシェヘラザードを見て、ほんのりと笑った。
さらに引き寄せて、額に、ほほに、耳元に、くちづけを繰り返す。
奴隷娘たちは、膝をたてた王から腰の飾り紐をほどくと、丁寧な動作で前をひらいた。
王自身は、シェヘラザードの証立てをしている最中から、既に熱く猛っていた。
彼女たちはうやうやしく彼のからだをまさぐり、淫らがましく屹立しているそれに左右から唇をよせた。
赤い舌が、王のそれに這い、絡みつく。

(………!!!)

少女の身内に熱いものが駆け抜けた。
それは、酷く切実な怒りに似ていた。

ふと身をおこして、王をみつめる。
自分を見ている王の目とぶつかる。

欲情に濡れた、見ているだけで心臓がよじれそうな王の美しさに、少女が息をつめる。
悲しそうに眉間を寄せる少女の痛々しさを、王がいぶかしむ。

娘たちの気を入れた愛撫を久々に味わう感触に、王は心地よさそうに目を細めた。
ひとりが体を引き、王の足指を口に含む。
もうひとりが、王自身を飲み込むように深く口に含む。
淫猥な音が褥の上に響いた。
王の眉根がかすかに寄り、不埒なほど艶かしい表情になる。
手がのばされ、長い指がシェヘラザードの髪をまきつけ、弄んだ。

王の乱れた吐息。

( いや――――――――――――――――)

入れ替わり、王の体に跨ろうとしていた娘を、シェヘラザードは思わず突き飛ばした。

涙が出た。
王と、ふたりの奴隷たちがあっけにとられたように少女を見上げる。

「嫌です――――――――――――――!!!」

シェヘラザードは、ふだんの彼女らしからぬ、乱暴な声音で叫ぶと、
ふたりの奴隷たちに手をふって、退出を促した。
こまった娘たちが、王を伺う。
王自身も突然の少女の癇癪に、なにがなんだかわからないまま眉間に皺をよせる。
とりあえず、娘たちに顎で退出を促して、半端にたかぶったままの己の状態にため息をついた。

なよやかな仕草で二人が褥を降りていく。

「………なんだ 」

泣いている少女に、王は憮然と声をかけた。

「………」

肩に手をかけると、いやいやを繰り返して振り払おうとする。

「…なんだと聞いている」

舌打ちをして、王は不機嫌に言った。
少女は、きっと顔をあげた。
王が、少し怯む。

「………まさかおまえは、千夜のあいだ、俺にまで禁欲を強いるつもりではあるまいな……」

胡乱そうに言うと、少女は頬に朱をちらした。
そうだ、自分が妃として、この人の体を慰めないのであれば、今の行為は当然のことなのだと。
むしろ、妃がいてさえ、美しい女奴隷を囲い、啄ばむのは、王侯貴族の男性の常で。

でも…。

それは、そんなことは。

胸が痛くてたまらない。

「………わたくしでは、いけませんか………」

気づくと、強い声でそう口にしていた。
王が目をみひらく。

「 わたくしに、お世話させてくださいませ…」

「…………おまえが、俺の…?」

(しかしおまえは乙女だからと――――――――――――――)

(………)

なにがなし、王はごくり、と喉を鳴らした。
勿論、それならそれに越した事はない。

「 おとめのくせに、俺の世話をするというのか? 」

「 ……契りについては  ご容赦を… いただけます、なら…」

ふと、激情のまま自分が口走ったことに臆するように、少女の声が小さくなる。
王の目が、少女の唇と、その細い指先を、舐めるように見た。

この、唇で。――――――――――――――この、指で。

……悪くない。

「 ………よかろう 」

喉に絡んだような声で、王は笑った。
自らの前をあらためてはぐり、逞しく屹立したものを少女に見せつける。
試すように、目で促すと、少女は赤く染めた頬のまま、かすかに目を泳がせ、足元に蹲った。
王は、そっと舌なめずりをする。
少女が、いまから自分を、と思うと、痛いくらいに高ぶった。

久しぶりに、甚振ってやろうか。
お気に入りの娘が二人いて、なぜ褥にふたりともを呼ぶのか、そのわけを、その体で思い知らせて。
王の精力が、ひとりでは不足だということを、この細い体に。
いれかわり、たちかわりに貪らねばなかなか果てる事のない自分の淫蕩さを。
世話を申し出たことを、後悔させるくらいに。

しかし…。

少女の小さな手が、自らにあてがわれた時………、王の体がぴくりと動いた。


(……あ―――――――――――?)


両手で、ささえられたそこに、恥じらいながらゆっくり少女が唇をよせる。
ふせた睫が震えていた。
つややかな、やわらかい感触が…つと、触れた。


(……あ………… あ ――――――――――――― っ?)


うそだ、と。
小さな舌が、ちらりと覗き、みようみまねで先を舐めた……瞬間。


「 きゃ… 」


少女が、小さく悲鳴をもらした。
王のほとばしらせたものが、少女の顔にまともに散る。

王は、一瞬呆然とし……… 自分でもそんな顔ができるとは思わなかったに違いない、
情けない表情をうかべ……、次の瞬間真っ赤になった。

何が起きたかわからない。

触れられた瞬間にはじけた。

こんなことは有り得ない。

絶対あってはならない。

自分の放出したもので淫らに汚されて、呆然としたままのシェヘラザードに一瞥をくれると、
彼は前を合わせて逃げるように、いまいましそうに褥を降りた。

「…… あ… 王……―――――――――?」

「 うるさいっ 」

外へ出て行くのを、おいかけて、ためらって、見送って。
シェヘラザードにはわからない。王の顔を染めた妙に少年くさい、色っぽい恥じらいの意味も、
いまの一幕が意味するところも。
王自身にも、信じられない。かすかにふれられただけで己が達してしまったシェヘラザードへの想いを。

頭を冷やそうと外に出てきたものの、身内を駆け巡る羞恥に怒りにも似ためまいを感じ、
王は近くの壁にこぶしを叩きつけた。


恐ろしい。

あいつには、うかつに触れさせられない、こんな様子では。

では、俺は…………俺は、これから。

千日間ものあいだ、自分で…――――――――――――――――?

……思わず、ぞっとした。


なんというものに囚われてしまったのか。
思わず深くため息をつく。


満天の星空の下、王の先行きだけが暗かった。



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